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鎌倉ゴールドラッシュ

 上野国、新田荘の新田館。

 重兼は、永福寺炎上について考えていた。

 幕府は事故として済ませるつもりらしいが、どうも腑に落ちない。

 何か違和感を感じるというか、引っかかるのだ。

 史実と違うからなのか?

 このままいけば、公暁による実朝暗殺は起こらない。

 朝廷との関係が良好な実朝が生きていれば、おそらく承久の乱は起こらないだろう。

 そうなれば、余計な死者が出なくて済むので、重兼としては望ましい。

 それでも心の中で、何かが引っかかる。

 何故、そうなのか分からないのが余計にもどかしい。

 色々と考えた末に、この件について考えるのは止める事にした。

 とりあえず、実朝が天寿を全う出来る事が決まっただけで良しとしよう。

 そう思う事にした。

 とりあえず、今あたっている火鉢に炭を追加する。

 上野国の三月はまだ寒い。

 春はまだまだ先だった。



 時は流れて健保二年(1214年)四月。

 日本列島の大部分が春になった頃。

 甲斐国が歓喜に包まれた。

 金山が発見されたのである。



 甲斐国、石和荘の武田信光の館。

 武田家当主、甲斐源氏の惣領たる武田信光は、信じられんと言った表情で報告を聞いていた。

「……それは真か!?」

「はい。 間違いありませぬ!」

 使者は、興奮を抑えきれない様子だった。

「金が、金が見つかったのであります!!」

 信光は、着座したまま身体を震わせた。

 本当に金山が見つかった。

 新田重兼に、国内に金山がある事を教えられた時には半信半疑だったが、一応、駄目で元々のつもりで探してみた。

 まさか、それが本当に見つかるとは思ってもいなかった。

(神仏の恵みだ……)

 凄まじい歓喜がこみあげてくる。

 武田家が支配する土地で金が見つかったのだ。

 決して豊かとは言えない甲斐国に、莫大な利益がもたらされるだろう。

 信光は、それを一体何に使うか考えを巡らせていたが、大事な事に気がついた。

 まずは、幕府に知らせなくてはならない。

 ついでに、金山の存在を教えてくれた新田重兼にも。



 数日後、鎌倉の将軍御所はちょっとした騒ぎになっていた。

 甲斐国からの使者が、小さな金塊を持って来たのだ。

 将軍の御座所に集まった実朝以下、北条義時などの有力御家人達も驚愕の面持ちでそれを見ている。

「こ、これは本当に甲斐で採れたのか?」

 実朝の声も、少しばかり震えていた。

「如何にも左様でございます。 甲斐国で採れたものでございます」

 使者はもう、得意満面と言った感じだった。

「何と……」

 実朝はもはや、呆然としていた。

 それに対して義時は、いち早く冷静さを取り戻していた。

「ところで、新田重兼が金山の存在を教えたというのは真か?」

「真にございます」

 それを聞いて、義時は腕組みをして黙り込んだ。

 つくづく、あの男は底が知れなかった。

 未知の農法の導入だけでなく、金山の所在まで知っているとは。

 しかも彼は内政面だけでなく、和田合戦で武功を挙げるなど、軍事面でも活躍している。

 使える男だ。

(何としても、取り込む必要があるな……)

 義時は早速、新田家を味方につける。

 あるいは傘下に加える方法を考え始めていた。


 甲斐国で金が、黒川金山が発見されたという知らせは、新田荘の新田館にも届いていた。

「そうか。 見つかったのか」

 武田家からの使者に、重兼は笑みを見せた。

 金山が見つかった事も勿論だが、武田信光が自分の言葉を信じてくれたのが嬉しかった。

「我が主、信光は重兼殿に心底から感謝しておりまして、 新田家とはこれまで以上に親睦を深めたいと申しておりました」

「それはこちらとで同じ事。 信光殿にはよろしくお伝えしてくれ。 あぁ、それと」

 重兼は懐から紙を取り出した。

「これを信光殿に渡してほしいのだ」

「これは、何を記したもので?」

「灰吹法のやり方について記してある。 必ずや役に立つであろう」

「はいふきほう?」

「まぁ、金の採取量を増やす方法だ」

「……承知いたしました。 必ず渡します」

「是非とも頼む。 それと、儲けがでたなら治水工事に使う事をお勧めするとも伝えてほしい」

「はっ。 そのようにいたします」

「では、信光殿にどうかよろしく伝えてもらいたい」

「御心遣い、真に有り難く存じます。 信光様も喜ぶでありましょう」

 使者は深々と一礼して、去って行った。

 史実では、灰吹法が日本にもたらされたのは戦国時代とされているが、重兼はそれを鎌倉時代に導入しようとしていた。

 それにより、黒川金山の採取量はかなり増えるだろうから、武田家にとっては悪い話ではない。

 あと、書状で精錬に携わる人間は、口と鼻を布で覆うように書いておいた。

 灰吹法は鉛や水銀を用いるので、中毒を少しでも防がないと命に関わる。

 戦国時代の石見銀山の労働者のように、三十まで生きたら『長生き』とみなされるような事は避けたい。

 誰だって、長生きする方が良いに決まっている。

 こんな時代であっても、命は大事にしたい。

(あとは、こっちの番だな)

 重兼は下人を呼んで命じた。

「段銭奉行の上屋平次を呼べ」


 重兼の前にやって来た平次は、満面の笑みだった。

「どうやら、話は聞いているようだな」

「甲斐国の金山でございますな」

 平次は頷く。

 さすが商人だけあって、情報が早い。

「我が所領内で蒔絵細工を作ろうと思っておる。 職人を集めてくれるか?」

「承知いたしました。 あと、甲斐国に使いの者をやって、金を買い付けましょう。 よろしいですか?」

「無論だ」

「それでは」

 平次は立ち上がると、早足というより駆け足で部屋を出ていった。


 五月になって、空気が『肌寒い』から『涼しい』変わった頃。

「これは……」

 新田家の家人、篠塚太郎は唖然とした。

 主人の新田重兼の命により甲斐国に金の買い付けと、武田信光に挨拶するために武田家の館にやって来たのだが……。

 行列ができていた。

 おそらく目的は自分と同じだろう。

 武田の家人らしき武士が懸命に対応しているが、見るからに大変そうだ。

(時間がかかりそうだな)

 そう思わずにいられなかった。


 一刻(二時間)後、用事を済ませた太郎は武田館の塀に寄りかかって休んでいた。

 供の者達が心配そうに見ているが、仕草で大丈夫だと伝える。

 はっきり言って身体より、心が疲れていた。

 散々待たされた後で、武田信光に会う事ができた。

 新田家からの使者ということで、信光はかなり友好的に接してくれた。

 そこまでは良かった。

 しかし、金を買う段階になると失望せざるを得なかった。

 なにしろ、桃の実が二、三個入る程度の麻袋に詰めた砂金が一袋しか買えなかったのだ。

 こっちは五十貫文を用意したのに。

 さすがに文句を言ったが、採掘が始まったばかりなのであまり多くは渡せないと返事が返ってきた。

 もっと食い下がる事も考えたが、両家のこれからの関係を考えると諦めざるを得なかった。

 一部の人間のように、金を払う事ができずに手ぶらで帰る羽目になったわけではないだけでも良しとせねばならない。

「帰るとするか……」

 力無くつぶやいて立ち上がると、馬をつないでいる場所に向かった。

 供をしてきた郎従達も、つられて歩き出す。

 太郎が考えていたのは一つだけ。

 我が主、重兼様になんと言い訳しようか。

 それだけだった。


 武田信光は、ひたすらニヤけていた。

 新田重兼の言葉を信じたおかげで、莫大な利益がもたらされたのだ。

 今日だけで、数百貫の収入があった。

 このままいけば、成功による官位の獲得や所領の買得も思う存分出来るだろう。

 そして、治水工事にも資金を投入できる。。

 甲斐国は、毎年のように釜無川と笛吹川の洪水に悩まされていた。

 そのせいで領民の生活に多大な損害が出ており、甲斐国は苦しい状況から抜け出せなかった。

 それも、変える事が可能になったのだ。

 新田重兼には本当に感謝していた。

 だからこそ、他家より『比較的』安く金を売ったのだ。

(あの男は使える)

 そう思った。

 彼と友好を深めておけば、武田家の未来に有益になるだろう。

 そのために、何らかの手を打っておくのにこしたことはない。

 信光は、真剣に考え始めた。




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