消された子供達。
建暦三年は、様々な事があった。
泉親衡の乱。
和田合戦。
その後の泉親衡と園田成朝の殺害。
それらの凶事の記憶を振り払うためか、朝廷は改元を発表した。
建暦三年、十二月六日をもって健保と改めたのである。
それとほぼ同時に、今は亡き鎌倉幕府二代将軍頼家の三人の遺児が鎌倉にある永福寺に呼び戻される事になった。
永福寺。
源頼朝が、奥州藤原氏を討伐した奥州合戦の死者を弔うために建立した寺である。
平泉にある中尊寺を模した寺であり、本堂の正面に池を中心にした壮大な庭園が作られている。
そこに栄実、公暁、禅暁の三人が集められたのである。
年が明けて健保二年一月。
阿弥陀堂で、僧呂達による読経が行なわれている。
その中に栄実と禅暁がいたが、公暁がいない。
しかし、誰もその事を気に留めてはいない。
誰もが触らぬ神に祟りなし。
そのつもりだった。
鎌倉幕府の先代将軍の遺児がこの寺に預けられたのは、何らかの深い事情があるはずだ。
関わると身の破滅につながりかねないような理由が。
誰もがそう思っていた。
腫れ物を扱うような周囲の態度を良いことに、三人のうち公暁は僧としての修行を全くしなかった。
永福寺の裏の林。
雪がちらつく中、かけ声が響く。
公暁が必死の形相で木刀を振っていた。
いや、必死というより憤怒の表情だった。
「このっ、このっ!」
かけ声にも怒りが滲んでいる。
理由は、幕府の自分に対する仕打ちだった。
いきなり修行先から鎌倉に呼び戻されただけでなく、自分に仕えていた駒若丸を追い出したのだ。
全てが実朝の仕業だろう。
父を殺して将軍職を奪っただけでなく、遺された自分達を手元においていつかは殺す。
それが実朝の目的なのだろう。
公暁はそう信じていた。
(冗談ではない! このまま黙っておるものか)
こちらも何とかしなければならない。
父の仇を討たずに殺されてはたまらない。
(どうすれば良い……)
素振りを止めて、物思いにふける公暁に近づく者がいた。
「公暁」
見ると、兄の栄実と弟の禅暁だった。
「何用ですか」
素っ気ない弟の態度に、栄実はため息をつく。
「何故、武芸などをする? 我等が修行すべきなのは仏の道であって、武芸ではない」
「……」
公暁は答えない。
しかし、内心では思っていた。
いつの日か、親の仇の実朝を討つ為だ、と。
勿論、言葉には出さない。
「某は一応、武士の子ですから」
その言葉に対して、今度は禅暁が口を開いた。
「今の我等は仏の子です。 もう、武の道は忘れた方が良いのでは?」
公暁は怒鳴りつけたくなった。
自分達の親を殺した(公暁はそう思っている)実朝が憎くないのか?、と。
それでも感情を抑えて、兄弟を見る。
そして、失望した。
二人は自分達の境遇に不満を持っていない。
諦めているのかもしれない。
父を殺されて、将軍の跡取りの地位を奪われた事を、屈辱と思っていない。
相手にするだけ無駄だ。
そう思えた。
「かも知れない。 考えておくよ」
それ以上会話を続ける気になれず、公暁はその場を去った。
「公暁様」
木刀を倉庫にしまおうと思って歩いていると、懐かしい声が聞こえた。
振り向くと……。
「駒若!」
以前、自分に仕えていた駒若丸がいた。
永福寺に移る事が決まって、自分の元から引き離されて以来、久しぶりだった。
「久しいな。 壮健そうでなによりだ」
「公暁様もご無事でなによりです」
公暁は笑顔になる。
駒若丸は公暁にとってただ一人、信頼出来る人間だった。
献身的に仕えてくれたし、三浦義村の息子である立場を利用して様々な情報を教えてくれた。
『父、頼家は実朝に殺された』。
この事を教えてくれたのも駒若丸である。
勿論、現在の幕府の内情も色々と教えてくれる。
「公暁様。 最近、身の危険を感じる事はございますか?」
「無い。 今のところはな」
「そうですか……」
駒若丸は、安堵のため息をついた。
「それはよかった。 公暁様から引き離されてから、いつ実朝の手の者が公暁様を襲うのか、不安だったので……」
公暁は、駒若丸の心遣いが嬉しかった。
この少年が、自分の元を去った時は本当に落胆した。
そして、そのように手を回したであろう実朝を増々憎んだ。
「しかし、公暁様。 刺客が向けられるのも、時間の問題でありましょう。 早く、何とかしませぬと……」
「分かってはおる。 しかし、打つ手が無い」
忌々しそうにつぶやく公暁に、駒若丸は笑顔を見せた。
「わたくしめに、妙案がございます。 公暁様。 お耳を……」
しばらくして、駒若丸は帰途についた。
もう、自分の使命は果たした。
あとは、誰かにこの事を話しておけば良い。
そう思っていると、一人の若僧に出会った。
見たところ公暁と同じくらいの年齢なので、修行僧の一人だろう。
「失礼だが、貴殿は公暁と何を話しておったのだ? 随分と長かったようですが」
有り難い事に、向こうから尋ねてくれた。
「某は以前、公暁様にお仕えしていた駒若丸と申します。 今は公暁様から離れておりますので、護身用の守り刀をお渡ししてきたのです」
「刀を?」
相手は多少、不審に思ったようだが公暁の身の上を思って、関わらない方が身のためだと判断したらしく、軽く頷いて去って行った。
駒若丸は笑みを浮かべた。
これで今日、自分が公暁に何を渡したのかを他人に知らせる事が出来た。
嬉しさのあまり、駒若丸は駆け足で永福寺を出ていった。
翌、二月。
新田重兼は一門と共に、鎌倉にやって来た。
恒例の鎌倉大番役を務めるのと、正式に左衛門尉に任官された事の礼をするためである。
ただ、その中に岩松家は含まれていない。
園田家と諍いを起こした事を考慮して、今回は外されたのである。
新田、世良田、里見、額戸の面々は侍所の庭で、別当にして執権の北条義時に到着の報告をする。
「相模守様。 新田重兼以下、大番役の為に参上いたしました。 それと、左衛門尉に推挙していただき、真に有り難く存じます」
「ご苦労」
義時は真面目な表情で頷く。
「先年にあのような兵乱があったが、あれで最後とは限らぬ。 今後も新田家とその一門衆には一層の忠勤を期待しておるぞ」
「御意!」
重兼達は深々と頭を下げた。
今回、新田党の担当は将軍御所の日中の警備だった。
将軍実朝に着任の挨拶と、左衛門尉に推挙してくれた礼を述べたが、実朝はただ頷くだけで、ろくに言葉をかけてすらくれなかった。
重兼は多少は気にしたが、それよりも仕事が優先である。
一門および郎従に指示を出して、任務に集中する。
その日の昼は何事もなく終わり、夜の番の武士団と交代する。
夜の警備を担当するのは、佐貫党だった。
佐貫家は、新田荘の東にある佐貫荘に拠点を置く御家人であり、現在の当主は右衛門尉広綱である。
和田合戦には参加しておらず、幕府からは特に危険視されてはいない。
その広綱は五十代であり、髪には白いものが多く見える。
しかし、源平合戦を生き残った古強者だけあって、その顔には胆力が満ちている。
「それでは右衛門尉殿。 あとはよろしく頼みます」
「心得申した」
互いに一礼して引き継ぎを終える。
重兼達はそのまま宿舎に戻って武装を解き、火鉢で暖をとる。
そして夕食の後、翌日からの仕事に備えて早めに寝床に入った。
上野からの移動の疲れもあってか、重兼はすぐに眠りについた。
「……重兼様。 重兼様!!」
真夜中になって、重兼は叩き起こされた。
寝ぼけまなこを擦って見ると、部屋が暗くてよくわからないが、郎従の一人が自分を起こしたようだ。
「何用だ!?」
せっかく良い気分で寝ていたのに起こされたので、いささか口調が荒い。
相手が答えるより早く、叫び声が聞こえた。
「大変だ!! 寺が、永福寺が燃えてるぞ!!」
重兼はギョッとなり、眠気が一気に吹き飛んだ。
永福寺はたしか、将軍御所の東北の場所にある寺のはず。
隣接しているわけではないが、万が一ということもある。
宿舎の内外は大騒ぎになってきた。
「皆のもの、起きろ!!」
叫んで新田党の面々を起こすと、急いで身支度をし始めた。
二階堂大路を駆け抜けて永福寺についた時には、ほぼ手遅れのようだった。
全ての建物が炎に包まれていた。
駆けつけた武士や僧呂達が必死に池の水や積もった雪をかけたりして火を消そうとしているが、全焼は避けられそうにない。
「重兼殿!」
そこへ、佐貫広綱が姿を見せた。
「広綱殿。 これはいかなる……」
「分からぬ。 火の手が上がったのが見えたので駆けつけたら、この有様だった」
「なんと……」
そこへ、一人の僧呂が駆け寄って来た。
「お武家様。 大変です!! 中にまだ、栄実達が残されております!!」
「なっ……」
重兼は愕然とした。
将軍の一族が逃げ遅れたというのか。
広綱も同じだったが、やがて、燃え盛る建物に向かって駆け出した。
「広綱殿! 何をする気ですか!?」
「頼家公の御子息達を助けねば!」
「無理だ! もう、間に合わん!」
慌てて広綱を引き止めようとするが、凄い力で振りほどこうとするので一人では無理そうだった。
「何をしている! 広綱殿を止めるのだ!」
重兼の声に、周りの武士が慌てて加勢する。
「広綱殿。 短慮はなりません!」
「お館様、もう無理です!」
新田党、佐貫党の武士達が広綱を引き止めようとしていると、轟音と共に建物が崩れ落ちた。
結局、火災が鎮火したのは明け方近くだった。
無惨だった。
黒焦げになった木材と死体。
重兼は、吐き気をこらえながら焼け跡を見て回る。
生存者の中に、栄実達はいなかった。
もしかしたら、頼家の息子達の亡骸をみつけられるかと思っていたのだが、駄目だった。
まるで見分けがつかなかった。
何故こうなったのか。
色々考えていると、何やら騒がしくなってきた。
見ると実朝以下、幕府の首脳陣が到着したようだ。
僧呂の生き残りと、佐貫党の武士から事情を聞いている。
将軍家の者が犠牲になっただけあって、何者かの放火を疑っているのだろう。
それ以外にも、大勢の武士達がやって来てあちこち調べ回っている。
重兼は、実朝達を遠くから見守ることにした。
尋問は、義時が行なっていた。
「では昨夜、怪しげな人間は見てはおらぬと言うのだな?」
「間違いありませぬ」
僧が答える。
「少なくとも拙僧は、昨夜、怪しげな者は見ておりませぬ。 他の者は分かりませぬが……」
義時は軽く頷いて、今度は佐貫党の武士を見た。
「お主はどうだ? 昨夜見たことを余さず話せ」
「……某は、昨夜は広綱様や、他の者と将軍御所の警備をしておりました」
その武士は話した。
夜中に将軍御所の警備をしていた時に誰かが、火事が起きている事を大声で叫んだ事。
皆で現場に駆けつけると、永福寺が燃えていた事。
慌てていたので断言は出来ないが、怪しい人影は見ていない事を。
「そうか……」
義時は今回の件が事故か、人為的なものか考えていた。
「相模守。 どうなのだ? 栄実達は、我が甥達は無事なのか?」
実朝がかけてきたその言葉で、義時は一番大事な事を思い出した。
彼等の安否を確認しなければならない。
するとその時、悲鳴じみた声が聞こえた。
「義村様。 これを!」
何事かと見ると、三浦義村の郎党が何かを見つけたらしい。
「何事か?」
駆け寄ると、三浦義村が家人の差し出した何かを見つめていた。
「いかがした!?」
実朝が声をかける。
「将軍。 これをご覧くだされ」
義村が、家人から渡されたそれをみせる。
小刀だったが、あちこちが焦げている。
「これは何だ?」
実朝の問いに、気まずそうな答えが返される。
「某が、息子を通して公暁様に渡した守り刀でございます」
この瞬間、その場にいた誰もが三人の運命を思い知った。




