表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
65/69

暴走する御家人達

 新田荘にある、岩松家の館。

 そこで、館の主である岩松時兼は悩んでいた。

 おのれの今後についてである。

 これまでは、足利および世良田家の協力を得て新田家の惣領になる事を目論んでいたのだが、状況は大きく変わってしまった。

 重兼が宗家の当主になったばかりでなく、所領を増やして家格を向上させてしまったのだ。

 しかも、合戦で勲功を挙げて執権の北条義時に随分と目をかけられたようだ。

 高位ではないとはいえ、官職も与えられる事になった。

 それによって周囲の見る目も変わり、世良田家などは宗家に擦り寄る様子を見せている。

 不愉快だった。

 ついこの間まで木っ端御家人と馬鹿にしていた宗家と、立場が逆転してしまったのだ。

(何とかならないか)

 焦りを覚える。

 このままだと、差が広がりかねない。

 何か勲功を挙げて、所領や官職を得たい。

 宗家の上に立ちたい。

 いや、宗家になりたい。

 そう思う。

 しかし、難しいだろう。

 先日の和田合戦で、自分はよりによって和田義盛についてしまったのだ。

 幸い、足利家の口添えによって事なきをえたが(時兼はそう思っている)、幕府に対する印象は悪くなってしまった。

 その失態を帳消しにする様な勲功と言えば、何かないだろうか。

(待てよ?)

 そこで時兼は閃いた。

 その失態を逆手にとって、勲功を挙げる方法を。

(これはいける!)

 我ながら冴えている。

 時兼はそう思った。

 これが上手くいけば恩賞に預かり、重兼との差を縮める事が出来るはずだ。

(善は急げだ)

 時兼は立ち上がった。



 その翌日、時兼は僅かな供を連れて信濃国に向かった。


 重兼がその事を知ったのは、数日経っての事だった。

「岩松が姿を消した?」

 額戸氏経の報告に、思わず聞き返す。

「はい。 供の者を連れて、北の方へ向かったとか」

「何のためだ?」

「さぁ……」

 氏経は首をかしげる。

「拙者には、見当がつきませぬ……」

 重兼も腕組みをして、考える。

 何故、岩松時兼は北へ向かったのか。

(北と言えば、越後国だよな……)

 そこで重兼は思い当たった。

「里見家の連中と接触するつもりか?」

 それならば合点がゆく。

 現在の里見家は拠点を上野国碓氷郡里見から、越後国の妻有荘に移して勢力を伸ばそうとしている。

 その里見家と何らかの協力関係を築こうとしているのだろうか。

(また何か、おかしな事を考えているな)

 時兼の狙いを知って、阻止する必要がある。

「氏経。 里見に使いの者を送れ。 岩松時兼と会ったならばすぐに知らせるようにと」

「承知しました。 あと、里見一族の周辺を探らせるように手を打っておきます」

「そうしてくれ」

 氏経は急いで部屋を出ていく。

 重兼は氏経の対応に満足していた。

 万が一、里見家が岩松に与して陰謀を企むような事態を想定している。

 かなり気が利くようだ。

 親子共に、家令として信頼出来る存在になってくれた。

(これで岩松の件は大丈夫だな)

 重兼はそう思った。

 この時点では。



 数日経って、意外な報告がもたらされた。

「時兼の奴、越後には来ておらぬと?」

「はっ。 間違いありませぬ。 我が主、義成様は勿論、御子息達にも会ったとの事はありませぬ」

 里見家からの使いが答える。

 重兼からの使者に返事をするだけでいいものを、わざわざ使者を送ってくるとは妙に律儀だと思うが、以前に比べて宗家を尊重するようになったのだろう。

「それにしても惣領様は何故、このような事を問うたのですかな?」

「ああ、それはな」

 一瞬迷ったが、ある程度正直に言う事にした。

「時兼が北へ向かったと聞いたので、義成殿に会う用事でもあるのかと思ってな。 確かめようと思ったのだ」

「左様でございますか……」

 使者は納得したようだった。

「改めて申し上げますが、時兼殿はこちらには来ておりませぬ」

「相わかった。 つまらぬことで使者を送ったことを義成殿に詫びておいてほしい。 此の度はご苦労だった」

「心得ました。 それではこれにて失礼いたします」

 重兼は、正門まで使者を見送る事にした。

 礼をつくす事で、里見家を軽んじてはいないという態度を見せておくのだ。

「義成殿によろしく伝えてくれ」

「承知しました。 わざわざお見送りしていただき有り難く存じます」

 使者は馬に乗って帰って行った。

 部屋に戻ると、重兼は考え込んだ。

 時兼は一体、越後ではないとすると何処へ向かったのか?

 同族(と時兼が思い込んでいる)足利家の拠点の足利荘は東にあるので、方向が違う。

 あと、時兼が行きそうな場所は……思いつかない。

 あれこれ考えていると、額戸氏経が入って来た。

 重兼の正面に着座して、一礼する。

「重兼様。 やはり岩松時兼は越後にはおらぬようです。 今、知らせがありました」

「そうか……」

 おそらく氏経が派遣した、里見家の周辺を探っていた者の報告だろう。

「だとしたら、彼奴は何処へ消えた?」

「……」

 氏経は真剣な面持ちで考えている。

 重兼も考えているが、まるで分からない。

 しばらくして、重兼はこの問題を放置する事にした。

「まぁ、良い。 時兼一人で出来る事などたかが知れている。 気にするのは止めよう」

「よろしいのですか?」

「かまわぬ」

「そう、言われるのなら……」

 氏経は頭を下げて、部屋を出ていった。

 そのあと、一人になった重兼はもう一度考えてみた。

 時兼は北へ向かった。

 しかし、越後ではない。

 だとしたら、信濃国だろうか?

 しかし、信濃国には新田家の一族の所領はない。

(オレの考えすぎか?)

 もしかしたら、寺社に参拝するのかもしれない。

 信濃国には諏訪大社や善光寺がある。

 そこへ行くだけなのかもしれない。

 それならば気にする必要はないだろう。

 そう決めると重兼は机に向かい、書状を書き始めた。

 幕府に、岩松と世良田の新田宗家からの分立を認可してもらうために申請しなければならない。



 この時の、重兼の予想は外れていた。

 岩松時兼はとんでもない事をしでかすのである。



 建暦三年六月十七日。

 信濃国の小泉荘。

 とある廃屋で岩松時兼は、ある人物と会っていた。

 泉親衡。

 かの、反乱未遂事件の首謀者とされる武士である。

「親衡殿、探しましたぞ」

 時兼は内心の喜びを表に出さぬように挨拶した。

 時兼が信濃国にやって来たのは、この男を探すためだったのだ。

 逃走してから行方知れずになっていたのだが、自分の所領に立ち寄る事はあるだろうと思って探っていたのだが、案の定だった。

 遂に獲物が目の前に現れたのだ。

 この男の首を幕府に差し出して恩賞にあずかる。

 単純だが、確実。

 それが時兼の狙いだった。

 ただ、親衡が連れてきた武士が気になる。

「岩松殿。 何用でござるか」

「実は……。 ところで、そちらの御仁はどなたで?」

「ああ、こちらは……」

それがしは園田成朝。 何度か会った事があるはずですが?」

「……そう言えば」

 新田荘の東側にある荘園を所領にする武士である事を、時兼は思い出した。

「失礼いたした。 どうかお許し願いたい」

 深々と頭を下げる。

 謝罪のためではない。

 顔がニヤけているのを隠すためだ。

(望外の幸運だ!)

 この、園田成朝は泉親衡とは違って実際に和田合戦に参戦しているのだ。

 この男の首も持っていけば、さらなる恩賞が期待できる。

「ところで、何故貴殿がこの場におられるのですかな?」

 表情を引き締めると、改めて尋ねた。

「我等はそろそろ、幕府に出頭しようと思っておってな。 そのために、ここで待ち合わせをしたのだ。 和田義盛の一族が処刑されて、此度の件は片付いたと思われるし、いい頃合いだと思うのでな」

「何ですと?」

 時兼は愕然とした。

 そんな事をされたら、自分の手柄にならないではないか!

「どうかされたのか?」

「い、いや……」

 時兼は必死に考えた。

 そして、二人に視線は向けた。

「おや、あれは?」

「どうされた?」

 つられて、二人が背後に顔を向けた。

 その瞬間、時兼は刀を抜いて泉親衡を斬った。

「がっ!」

 完全な不意打ちだった。

「な、何をする!」

 園田成朝が飛び退いて刀を抜くが、それより先に時兼が飛びかかる。

「ぐはっ!」

 成朝の腹に太刀が突き立てられた。

 太刀を引き抜くと、成朝は崩れ落ちる。

 時兼は倒れた二人を見下ろしながら、太刀についた血を拭き取った。

「貴様……」

「な、何をする……」

「もう良いぞ」

 苦痛に満ちた問いを無視して、隠れていた家人に合図する。

 すると、二人の武士が首桶を持って現れた。

「ま、まさか……」

 泉親衡は、時兼の意図を悟った。

「そうだ。 お主らの首を幕府に差し出す。 悪く思うなよ」

「おのれ……」

 必死に立ち上がろうとするが、かなわない。

 傷の痛みがそれを許さなかった。

「我が岩松家を飛躍させる踏み台になれ」

 家人に首を切られる二人に時兼は、冷たい言葉を投げつけた。


 五日後、岩松時兼一行は鎌倉の侍所にいた。

 執権にして、侍所別当を兼ねる北条義時に事の次第を報告するためである。

 庭でしばらく待つと、義時が現れた。

 家人と共に平伏する。

「岩松時兼。 泉親衡および園田成朝を討ったと言うのは真なのか?」

「如何にも」

 二つの首桶を差し出す。

「これがその証にございます」

 恩賞と褒め言葉を期待する時兼は、満面のドヤ顔だった。

 しかし、義時の反応は予想外だった。

「こ、この大馬鹿者が!! 誰がそのような事をせよと言った!!」

「えっ?」

 いきなり怒声を浴びせられて、時兼は唖然とした。

「かの合戦の後始末は既に終わったのだ!! それなのに、勝手な事をしよって……」

「あ、あの……」

 何か言おうとしたが、それより早く義時が怒鳴る。

「とっとと失せろ!!」

「お、恩賞は……」

「出せるか!!」

 あまりに予想外の展開に、時兼は呆然とするしかなかった。

 家人に促されて、慌てて退出するしかなかった。


 義時は、本当に頭を抱えた。

 岩松時兼に言った通り、和田合戦の後始末は終わりにして、これから順次、恩赦をする予定だったのだ。

 和田一族が全ての責任を負ったので、他の御家人の責任は問わない事とする。

 それで、決着とするはずだった。

 しかし、岩松がそれをご破算にした。

 和田義盛に味方した御家人は許さない。

 それが幕府、北条義時の意思だと思われかねない事態になってしまった。

(まずい、まずいぞ……)

 御家人達が幕府に対し不信感、恐怖感を抱くようになる。

 そう思わずにいられなかった。


 義時の予想は的中した。

 岩松時兼は幕府の命で動いた。

 幕府は逆徒を徹底的に潰すつもりだ。

 今や幕府は北条家の私物となってしまった。

 そんな思いを抱く御家人達が急増したのだ。

 和田義盛に与した御家人達、特に相模、上野、信濃の御家人達の間で。

 やがて、彼等の内の数人が行方知れずになった。



 九月になってまた、とんでもない事件が起きた。

『畠山重忠の遺児に謀反の疑いあり』

 下野国から畠山一族の中でただ一人、粛清を免れた重慶(出家していた)なる者が兵を挙げようとしているとの報告がもたらされたのだ。

 実朝は同国の御家人である長沼宗政に、『捕縛』を

 命じた。

 そこまではよかった。

 しばらくして、宗政は重慶の首を持ち帰って来たのである。

 実朝は激怒して宗政を呼びつけた。



 将軍御所の庭で、長沼宗政は悪びれる様子もなく座っていた。

 それに対して実朝は懸命に怒りを押し殺しながら口を開いた。

「宗政。 答えよ。 何故重慶を討った? 私は捕縛せよと命じたはずだが!?」

「生かしたまま御前に引き出せば、将軍は周りの者の言葉に惑わされて赦免してしまうだろうと思い、首を刎ねました」

「なっ……」

 傍らで控えていた義時は、愕然とした。

 宗政は実朝を、征夷大将軍を平然と侮辱したのだ。

 温厚な実朝も、さすがに感情を露わにした。

「我を愚弄するか!! 何をもって我が周りの言葉に容易く惑わされると言うのか!!」

「将軍の日常をみておれば、容易く予想できますな」

 宗政は鼻を鳴らした。

「武家の棟梁たる将軍が武芸を疎かにして、やれ蹴鞠だ、和歌にのめり込んでおられる。 そのような柔弱な御方が謀反人に断固たる裁きを下せるとは思えませぬ! 故に首を刎ねたまで」

 義時は、宗政の心中を見抜いた。

 敢えてこのような問題を起こす事で、実朝に将軍らしく振る舞って欲しいと訴えたかったのだろう。

 しかし、やり方が悪かった。

 これでは実朝の権威が問われてしまう。

 実朝を見ると、悔しそうな顔をしていた。

「……下がれ」

 実朝は声を絞り出して宗政を下がらせると、自分も私室に戻って行った。

 後に残った義時は、後悔の念を感じていた。

 自分と北条家の権勢拡大に努めるあまり、実朝の権威を守る事を怠っていたかもしれない。

 このままだと御家人達は将軍を、執権を侮るようになるだろう。

 そして、いずれは幕府をも軽視するようになりかねない。

(まずい……)

 何とかして、将軍の権威を回復しなければならない。

 義時は、焦りを感じた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ