表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/64

新田一門の動き

 鎌倉大番役を務める武士が使用する宿舎を、重兼は正午近くに訪れた。

 甲斐源氏の棟梁、武田信光に会うためである。

 宿舎の中は、仕事の準備をする武士達で騒がしかった。

 その中を掻き分けるように歩き、重兼は武田信光のもとに辿り着いた。

 信光は一番奥に座って待っていた。

「これはこれは新田殿。 如何なる用件でござるか?」

 武田信光は少しばかり迷惑そうな顔つきだった。

 無理もない。

 大番役の仕事に出向く直前に、いきなり重兼が訪れたのだから。

「武田殿。 ご多忙なところを会っていただき、恐縮でござる」

「いかにもその通り。 用件は手短にしていただきたい」

「まずは、和田合戦のおりに窮地を救っていただいた事、心より感謝いたす。 それと、お耳を拝借したいのですが」

「何じゃ?」

「実を言いますと……」

 重兼は信光の耳元で囁いた。

「……本気で言っておられるのか?」

 重兼は頷く。

 信光の視線は、懐疑、不信を通り越して軽蔑の視線になっていた。

 そんな話、あるわけないだろう。

 正気で言っているのか?

 そういう視線だった。

「我が領内で、金が採れるなどと?」

「間違いありませぬ。 どうか某を信じていただきたい」

 重兼は真剣に訴えたが、それでも信光は疑っているようだった。

 無理もないだろう。

 なにしろ、甲斐とは何の関係もない新田家の人間だが、甲斐国内で金山があるから探してみろと言っているのだから、信じられるはずがない。

 だからといって、ここで諦めるわけにはいかなかった。

 この件には、新田家の経済的な発展がかかっているのだ。

 それに、黒川金山が発見されれば新田家のみならず、武田家にとっても利益が得られるのだから悪い話ではないはずだ。

 重兼は、もう一度繰り返した。

「某を信じていただきたい。 もし金山が見つかれば、武田家に莫大な利益をもたらすでしょう。 どうか、騙されたと思って調べていただきたい」

 信光は胡散臭そうに重兼を見ていたが、ため息をついた。

「……承知した。 まぁ、やってみるとしよう」

「おぉ、ありがとうございます!」

 思わず、大声を張り上げてしまった。

 周りの武士達が、ギョッとした風に見てくるが、重兼は気にしない。

「それでは某はこれで失礼いたす。 信光殿。 どうか、金山の件、お忘れなきよう」

 重兼は、小躍りしかねない様子でその場を去った。

 信光は冷ややかな目で見送る。

 その信光に、一人の武士が声をかけた。

「棟梁。 まさか、信じるのですか?」

 小笠原長清。

 甲斐源氏の一門で武田家の分家、小笠原家の当主であり信光の従兄弟にあたる。

 表情、口調が『まさか、信じるなんて事はありませんよね?』と言っていた。

 それに対して信光は、困った様な表情を浮かべた。

「……到底信じられんわ。 しかしな……」

 新しく手に入れた所領で金山が見つかるなどという虫の良い話が信じられるはずもない。

 しかし、重兼の様子は嘘を言っているようには思えない。

 真剣に武田家の事を思っているように思えた。

 そこへ、考え込む信光に家人が声をかけてきた。

「お館様。 そろそろ出ませぬと……」

 大番役を務める時間がきたのだ。

(一応調べておくか)

 そう決めて、信光は立ち上がった。



 重兼が鎌倉で武田信光に会っていた頃。

 上野国、新田荘にある世良田義季の館を岩松時兼が訪れていた。

 惣領たる重兼が出かけているうちに話したい事があるとの事だった。

「時兼。 何用だ? 」

 義季は、重兼には聞かせられぬ話らしいので、一応人払いをしてから尋ねた。

「重兼めのやり口についてでござる」

 時兼は忌々しそうに口を開いた。

「我等は元々、新田家から独立した家門にござる。 それなのに今さら独立を認めるなどとは。 大番役の費用を負担するのが嫌なだけであろう! それに、一門の者達にことわる事もなく戦に首を突っ込んで手柄を独占して惣領の座に就くなどとは、冗談にもほどがあるわ!」

 そこで言葉を切って、出された茶をあおる。

 声を荒げる時兼に対し、義季は冷ややかに答えた。

「……何が言いたいのだ。 重兼殿を惣領の座から引きずり降ろそうと言うのか?」

「えっ、あっ、いや……」

 途端に時兼はオロオロし始めた。

「重兼の新田家惣領職継承は、幕府が、執権殿が正式に認めたのだ。 もし、大した理由もないのにそれを覆す様な事をしたら、幕府が黙っておるまい。 お主、それを分かっておろうな?」

「……」

 時兼は何も言わなかった。

 それを見て、義季は理解した。

 この男は、重兼が惣領になったのが気に入らないのだ。

 自分こそが新田家の当主、一族の惣領に相応しい。

 そう思っているのだろう。

 足利家の血を引く自分こそが、だ。

(全く、何を考えているのやら)

 義季は心中でため息をついた。

 たしかに、これまで世良田家は岩松家同様に新田宗家よりも足利家に接近していた。

 現に義季の二人の息子のうち、嫡男の頼氏が元服した時には足利義氏に烏帽子親をしてもらっている。

(頼氏の氏の字は義氏からの偏諱)

 しかし、それはあくまで世良田家の今後を見据えての事であり、足利の威光を利用しているのだ。

 決して従属している訳ではない。

 新田、足利の両家は家祖の行動が原因で家格に大きく差がついたが、同族であり、幕府の御家人なのだ。

 見下されるいわれなどない。

 それなのに、時兼は岩松家は足利一門であると思い込んで、新田家を見下している風がある。

 そんな男が惣領になったら、新田一族全てが足利家に取り込まれてしまうしまうのではないか。

 そんな懸念が捨てきれない。

 それに、今の義季は重兼は侮りがたい人物だと見ている。

 他の一門を出し抜いた形とはいえ、武功を挙げて大いに武士としての面目を施したのは間違いないのだ。

 もしかしたら、新田一門をさらなる高みへと導いてくれるのかも知れない。

 目の前にいる、岩松時兼など比べものにならない器の持ち主なのだろう。

(此奴からは離れた方が良いな)

 義季は決心した。

「愚痴を言いたいだけならば、帰るのだな。 わしにはそんな暇などない」

「義季殿!」

 狼狽える時兼を無視して、義季は下人を呼んだ。

「客人がお帰りだ。 見送ってやれ」

 下人は主人の命に従い、時兼を玄関に連れて行こうとする。

 時兼は不満の色丸出しだったが、無言で帰って行った。

 一人になると、義季は思案した。

 これまで自分や時兼は宗家を軽視してきたが、これからはそうはいかない。

 重兼には一目おく必要があるだろう。

 勿論、足利と完全に手を切る事はない。

 新田と足利を上手く利用して世良田を発展させる。

 それが最善だ。

(面白くなるやも知れんな)

 義季は心が躍るのを感じた。


 馬上の人となった時兼は必死に不満と怒りを押し殺そうとしていたが、上手くいっていなかった。

「お館様、どうなさいました?」

 心配した従者が声をかけてくる。

「何もない。 気にするな」

 不機嫌な声で黙らせる。

 気まずい沈黙の中、時兼は思案する。

 もう、世良田はあてにならない。

 以前の義季は、自分に同調して足利の傘下に入ろうとしていたのだが、変わってしまった。

 すっかり新田宗家に、重兼に尻尾を振るようになってしまったのだ。

 怒りと悔しさ、失望を感じた。

 もし、変わらずにいたのなら、自分が新田の惣領となって足利一門と合流した時に、重用してやろうと思っていたのに、義季は自らそれを棒に振ったのだ。

(あの老いぼれめ……)

 時兼はそこまで考えて、今度は不満を重兼に向けた。

(生意気な奴だ)

 そう思わずにいられなかった。

 だいたい宗家の三男が少し武功を挙げたくらいで惣領となっただけでなく、官職を得て、自分を上回る所領を手にしたのだ。

 不愉快だった。

 足利の血が流れている自分が惣領になった方が、新田家のみならず幕府にとっても良いはずなのだ。

 しかし、現実は時兼の思い込みとは懸け離れてしまった。

(まあ、良い)

 時兼は自分に言い聞かせた。

 巻き返しの機会はいくらでもあるだろう。

 重兼との間に出来た差を埋める、もしくは覆す機会は。

 それまでは自重するのだ。

 そんな事を考えて、時兼は帰りを急ぐ事にした。


 もし、重兼がこの時の時兼の考えを知ったら思いっきり突っ込んだだろう。

「それ、お前の妄想だろう?」とか、「お前から足利の血を引いている事を取ったら何が残るんだよ?」などと。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そもそも親から義絶されて路頭に迷った所を助けてくれたのが新田なのにその新田を軽んじるって時点でかなり恩知らず。 その上和田合戦で命を重兼に助けて貰ったのにこれだからパーフェクトな馬鹿&恩知らずとしか表…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ