新当主新田重兼、始動
建暦三年五月二十日、鎌倉。
新田家の館に分家の者達が集まっていた。
里見義成。 世良田義季。 額戸経義といった面々である。
新しく当主となった新田重兼の命によって、それぞれの所領からやって来たのだ。
広間に通されると、上座に重兼が座っていた。
その脇に、釈放された岩松時兼が座っている。
三人は慌てて着座すると、深々と一礼する。
「重兼殿。 新田家当主、ならびに新田一族惣領職継承をお祝い申し上げる」
世良田義季に続き、残りの二人も口を開く。
「真に祝着至極にござる」
「兄上の件は、真に残念でござった」
最後の、額戸経義の言葉に重兼は小さく頷く。
「経義殿の言う通りだ。 兄上には申し訳ない事をしてしまった。 心から思う。 されど、いくら嘆いても兄上は帰っては来ない。 残された我等で新田家を存続させねばならぬ」
重兼は一度言葉を切って、分家の者達を見回した。
「某が家督を継いだ事に方々には不服もあろうが、どうか我に従って欲しい。 いかがかな?」
「異論などありませぬ」
真っ先に額戸経義が頭を下げた。
続いて里見義成も頭を下げた。
「某も同じでございます」
最後に、世良田義季が一礼する。
「我等、惣領殿に従います」
三人が一礼したのを見て、重兼は岩松時兼に目を向けた。
「時兼。 お主はどうだ?」
複雑な表情だった時兼も、ゆっくりと頭を下げた。
「……惣領殿に従います」
「皆のもの、相わかった」
軽く咳払いをして、言葉を続ける。
「早速だが、棟梁の決定を伝える。 今後、岩松と世良田の両家は新田宗家からの分立を認める。 幕府には大番役などは、個別に扱うように申し上げておくからな」
「えっ?」
「何故にございますか?」
そこで重兼は、冷たい視線を岩松時兼に向けた。
「惣領に無断で勝手な事をして、責任を押しつけられても困るのでな。 今後は己のした事は、各自の責任で対応してもらう。 金銭で困った事があれば、宗家が支援しよう。 そういう事だ」
少しばかり気まずい沈黙が降りる。
これまでとは違って、重兼は強気だった。
今回の合戦の恩賞によって、新田宗家の所領は一族内でも最大規模になっており、岩松や世良田を凌ぐようになった。
もう、両家に気後れする必要はない。
それが理由だった。
そんな重兼に、分家の者達は気圧されているようだった。
やがて、世良田義季が口を開く。
「他に何かございますか?」
「あと、何日かしたら新田荘に戻って兄上の葬儀を執り行う。 是非、参列してもらいたい」
「承知しました。 総持寺で行いますか?」
「いや、安養寺で行う。 なお、今後は安養寺を我が一族の菩提寺とする」
「何故に?」
里見義成の問いに、重兼は少し辛そうな顔つきになった。
「安養寺は家祖、新田義重公が再興した縁があるし、何よりも……」
ここで、口ごもった。
「兄上がおられる」
その言葉で誰もが納得した。
安養寺には、重兼の次兄である覚義がいる。
長兄の葬儀なのだから、他人よりも家族に仕切って欲しいのだろう。
ただ、何故重兼が辛そうな表情を見せたのかは分からなかった。
「話は以上だ。 あとは……」
各自、所領に戻って良い。
そう言おうとしたら、下人が入って来た。
「お館様。 北条義時様の使いの方が参っております」
「執権殿の?」
こんな時に何の用だろうか。
そう思いつつ、この場に通すよう伝える。
そして、上座を空けて下座に移る。
やがて、入って来たのは安東忠家だった。
和田合戦終結の折に、新田党の亡骸が安置されている場所に案内してくれた人物だ。
上座に着くと、重兼に一礼する。
「新田重兼殿。 ご多忙のところ失礼いたす。 此度の家督相続、お祝い申し上げる」
「かたじけない。 して、如何なる用件でござろうか」
「はっ。 我が主、北条義時からの言伝を預かってまいりました」
そこで、忠家は改めて姿勢を正す。
「新田重兼殿。 朝廷に貴殿を左衛門尉に推挙するとの事です。 ただし、認可されるかは来年、年明けの除目まで待つようにとの事です」
「……ありがたき幸せ」
重兼は深々と頭を下げた。
これは素直に嬉しかった。
義時は口先だけでなく、本当に新田党の貢献を評価してくれたようだ。
この推挙が通れば新田家は無位無官でなくなる。
間違い無く家格は向上するだろう。
「執権殿にお伝え願いたい。 新田重兼が心底から感謝していたと」
「心得申した。 相模守殿は新田家の忠勤を高く評価しておいでの様子。 今後とも励まれるように」
「ははっ」
「それでは拙者はこれにて失礼いたす」
忠家は去って行った。
そのあと、残された者達が口々に祝いを述べる。
「真におめでとうございます」
「所領だけでなく、官職も得られましたか」
「真にめでたい」
「……おめでとうございます」
最後の岩松時兼だけが、口惜しそうにしている。
「全くめでたい。 皆、ご苦労だった。 もう戻って良いぞ」
分家衆は一礼して出ていった。
四人は馬上の人となり、上野国への帰路についていた。
一門内の用事なので、共の者は連れて来ていない。
岩松時兼は悔しかった。
ついこの間まで、貧乏な木っ端御家人と馬鹿にしていた新田宗家が突然、自分を上回る存在になったのだ。
しかも、宗家の三男が棟梁になり、大きな顔をするようになった。
しかも、足利家の血を引く自分に対してだ。
気にいらない。
「全くいい気なものだ。 少しばかり武功を挙げたくらいで……」
思わず口に出てしまった。
そして、他の者達の反応をうかがうが、実に素っ気なかった。
「時兼、言葉を慎め」
額戸経義がたしなめる。
「今の重兼殿は我が新田一門の惣領ぞ。 忘れるな」
「……」
「それに、どこか底の知れない器の主やも知れぬ」
「どういう事だ?」
里見義成の呟きに、世良田義季が反応する。
「考えてもみよ。 重兼殿の尽力で、宗家はどれだけ飛躍した? 様々な産物を考案して、多大な利益をもたらしたであろう。 その御仁が当主になったのだ。 以前と同じに扱うわけにはいくまい」
「全くもってその通りだ」
額戸経義が満足気に頷く。
宗家に忠実であった自分が正しかった事が証明されて、嬉しかった。
「これから新田一門は大きく変わる。 重兼殿の下でな。 我等は惣領を支え、恩恵に預かろうではないか」
経義はにこやかに語って、馬に拍車を入れた。
世良田、里見の二人があとに続く。
少し遅れて不満気な面持ちの岩松時兼が続いた。
分家の者達を帰らせたあと、重兼は一人、考えていた。
新田荘に戻って、やらなければならない事たくさんある。
それを頭の中で整理する。
まず、兄の葬儀。
そのあとで、新田家の内部を色々と変える。
岩松、世良田を独立させたのは第一歩だ。
あと、所領の統治についても変えたい事がある。
いくつか案をまとめると、重兼は壁に寄りかかった。
最近、今後の事を考えるのが多くなったせいか、身体よりも精神的に疲れるように思える。
一度、新田荘に帰ろう。
全てはそれからだ。
しばらくして、重兼は寝息をたて始めた。




