論功行賞、口は災いの元
「痛た……」
相変わらず痛む左腕に、重兼は顔をしかめた。
下手に動いたり、何かに触れたりしただけで強く痛む。
今も地面に腰掛けただけなのだが、ズキンときた。
(参ったな……)
湿布でもあれば良いのだが、この時代にそんな物があるわけがない。
とにかく患部を固定して、治癒するのを待つしかないだろう。
重兼が今いるのは将軍御所の庭だった。
御所は将軍の権威を示すために鎌倉の建物の中でも一際大きく作られており、庭も相応に広い。
朝比奈義秀らによって半壊状態なってしまった事もあり、幕府(というより義時)は御家人達の休憩所として利用していた。
持ち主の実朝は義時邸に避難している事もあって、問題は無いと判断したのだろう。
もっとも、この件について実朝が許可したという話は聞いていないし、先程の重兼の論功行賞に実朝は臨席していない。
全て、北条義時が独断で行なっていた。
今や幕府の真の指導者は誰なのか、はっきりしていた。
(これから、実朝はどうなるのかな……)
そんな思いがこみあげてくる。
重兼は、政義とは違って実朝には特に親近感は抱いていないが、史実のような無惨な死に方はしてほしくないと思っている。
重兼は、令和の時代に得た知識によって新田家の歴史を良くも悪くもかなり変えた。
だから、実朝も長く生かす事が出来るのではないか。
そこまで考えた時に、いきなり声が聞こえた。
「どなたか、御所の裏手で戦った方はおられませぬか? もしおられたら、執権殿の屋敷までご同行願いたいのですが」
北条の家人らしき武士の呼びかけに応える者は、この場にはいなかった。
重兼も御所の門前で戦ったが、裏手の戦いには参加していない。
「……おられぬようですな。 失礼をいたした」
その男は去って行った。
「何なのだ?」
武士達は顔を見合わせるが、誰も答えを出すことが出来ない。
重兼も同じだった。
ただ、論功行賞の最中である義時邸で何かが起きたのは確かなようだ。
(手柄の奪い合いかな?)
そんな事を思う重兼だった。
重兼の予想はほぼ当たっていた。
義時邸で、ちょっとした騒ぎが起きていたのだ。
事の発端は三浦義村だった。
彼が今回の合戦における先駆けの功を主張したのだ。
義村に言わせると合戦の口火を切った泰時の和田邸攻撃は、反撃を受けた途端に後退した。
将軍御所の戦いは敵を迎撃したに過ぎない。
ゆえに、真の先駆けは御所の裏手で和田常盛勢に真っ先に突っ込んだ自分であるというのだ。
しかし、それに異議を申し立てる者が現れた。
波多野忠綱という武士が先陣を切ったのは自分であり、その時に自分より先を行く武士はいなかったと主張したのである。
義村は、「自分が先陣を切った。 我より先に進む者はいなかった」と主張し忠綱は、「自分こそが先陣を切ったのであって、義村は我が息子達より後ろにいた。 それを見ていないと言うのなら三浦義村は盲目なのか?」とまで言い切ったのである。
双方一歩も譲らないので、義時は証人を探すために家人をあちこちに派遣する事にした。
ただ、義時としては、義村に先駆けの功を与えたかった。
義村の裏切りによって、和田義盛の挙兵計画の全容を知る事が出来たおかげで戦いを有利に進め、勝利する事が出来た。
その貢献に報いるためにも、恩賞は多めに出しておいて、三浦一族の心象を良くして味方につけておきたい。
そして何よりも、三浦と波多野では家格が違う。
しかし、このような場で異議申し立てがあった以上は公正に審議をしなくてはならない。
そこで、証人を探す事にしたのだが、内心は義村に有利な証言が欲しかった。
そうすれば、遠慮なく義村に先駆けの功を認める事ができる。
だが、現実は無情だった。
全ての証言が、忠綱が先陣だったと裏付けるものばかりだったのだ。
「赤皮威の鎧で、葦毛の馬に乗った武士が先陣でした」との事で、忠綱を見てみると赤皮威の鎧を着ていた。
「……」
義時は迷った。
そして、不本意な結論を出すと忠綱を人のいない場所へ連れていって、説得する事にした。
「忠綱。 良く聞いて欲しい。 此度の合戦において、先陣を切ったのはお主である事は分かった。 しかし、合戦に勝利出来たのは三浦義村の貢献が大きいのだ。 ここは引き下がってもらえぬか? もし、そうしてもらえるのなら、破格の恩賞を約束しようではないか」
これは本心だった。
そもそも、三浦義村が嘘をついたのが原因なのだから、ここで引き下がっておけば義時だけでなく忠綱も義村に対して貸しを作る事ができる。
悪い話ではないはずだ。
しかし、忠綱は聞かなかった。
「御言葉ながら、武士が戦場に向かうからには武勲を本意とします。 我が波多野家はかの保元の乱より義朝公の下で戦に臨んでまいりました。 一時の恩賞に心を奪われて、万代の名を汚す事は出来ませぬ!」
正確である。
それだけにたちが悪かった。
義時の言っている事は理不尽かも知れないが、これからの幕府の事を考えて言っているのだ。
「……お主のために言っておるのだ。 分かっておるか?」
「そうは思えませぬ」
義時は、だんだん腹が立ってきた。
「侍所別当の命であってもか?」
「聞けませぬ!」
「……そうか。 分かった」
義時は決心した。
「先陣は波多野忠綱、お主だと認めよう。 ただし、恩賞は無しとする!!」
「な、何故!?」
「たわけ!! お主、公の場で義村を盲目と罵ったではないか! 悪口の罪科に値するわ!!」
そう吐き捨てると、義時は論功行賞の場に戻って行った。
しつこく抗議する波多野忠綱を家人に命じて追い払わせると義時は、三浦義村の沙汰を行う事にした。
「三浦左兵衛尉義村。 此度の合戦における幕府に対する忠勤は天晴である。 その功によって、陸奥国名取郡を、弟の胤義には上総国伊北郡の地頭職を与えるものとする」
それに対して、三浦義村は意外そうな表情を隠さなかった。
もう少し弾んでくれてもいいだろうに。
そう言いたげだった。
それに、政所下文を読み上げるのではなく、口頭で恩賞を伝えるとは随分と軽んじられている気がした。
「不服か?」
「……」
義村は答えない。
言わなくても分かるだろう。
そう言いたげだった。
「本来ならば、もう少し与えるつもりだったのだがな。 お主、先陣を切ったと偽りが申したゆえに少しばかり減らしたのだ」
「……」
「以上だ。 下がれ。 政所下文はあとで出す」
義村は、黙って一礼して下がっていった。
事の次第を重兼が知ったのは、一刻ほど後の事だった。
足利義氏がわざわざ将軍御所までやって来て、待機している武士達に話してくれたのだ。
「なんとまあ……」
「忠綱殿も、三浦義村殿も、運が無いと言うか……」
誰もが複雑な表情だった。
「そうかな? そこはかとなく笑えるような気がするが」
義氏は一人だけ笑顔だった。
「何故ですかな?」
義氏はその問いかけに、表情を変える事なく答える。
「そうではないか? 偽りを申した義村といい、武勲にこだわって全てを棒に振った忠綱といい、なんとなく滑稽に思えるのだがな」
その瞬間、多くの武士達がムッとなったのを重兼は見逃さなかった。
御家人のほとんどは、北条や足利、三浦のような有力御家人とは違って所領が少ない者ばかりだ。
だからこそ、合戦の際には勲功を挙げる事に必死になるのだ。
その事に義氏は気づいていない。
自分に注がれる険悪な視線に気づく事なく、義氏は周りを見廻して、そこで重兼の存在に気づいた。
「おおっ、重兼殿。 此度の働き、実にお見事でござった」
「おかげ様で」
親しげな態度で近寄ってくる義氏に、重兼は軽く一礼する。
「ただ、苦言を呈したいのだが」
「と、言われると?」
今回の新田家の働きに、何か不満でもあるのだろうか?
そう思ったのだが、間違いだった。
「何故、郎従達に戦わせて勲功を挙げようとしなかったのですかな? まあ、新田家にはそんなに多くの郎従はおらんでしょうが」
さすがに重兼はカチンときた。
わざとマウントを取ろうとしているだろうか。
そう思ったが、表情を見ると見下すような感じは無い。
天然なのかもしれない。
もしくは令和の時代でよく見た、YouTube動画の登場人物に似ているのかもしれない。
自分の出自や地位をバックに散々無礼な態度を取るが、主人公の才能や努力によって全てをひっくり返される、嫌な奴。
そんな感じだった。
ぐっと我慢して、重兼は話題を変えた。
「ところで、義氏殿はいかほど恩賞をいただけたのですかな?」
「某ですかな?」
義氏は得意げに胸を張った。
「下総国の埴生荘に相模国の愛甲荘、宮瀬村に上野国の桃井郷に木佐貫郷、丹波国の宮津荘といったところですな」
「それはそれは……」
周囲から、感嘆の声があがる。
「おめでとうございます」
重兼の祝いの言葉に、義氏はにこやかに答えた。
「いやいや。 重兼殿も多数の討ち取りだけでなく、政義殿が死んだおかげで随分と所領が貰えたそうで、真によかったではありませぬか」
重兼は怒りを必死に抑え込んだ。
兄、政義の死が自分にとって幸運だったと言わんばかりの義氏を怒鳴りつけたい衝動と共に。
「……義氏殿。 早くお戻りになった方が良いのでは? 義時殿が、舅殿が貴殿を必要とするような事があるやも知れませんぞ?」
感情を押し殺して出した重兼の言葉に、義氏ははっとした。
「そうかも知れんな。 では方々、これで失礼する」
義氏は御所を出ていった。
後に残された武士達が口を開く。
「何なのだ、あやつ!」
「北条の縁戚というだけで増長しおって!」
「ああ言うのを、虎の威を借る狐と言うのだろうな」
重兼は何も言わなかった。
ただし、こう思った。
足利と仲良くやって行くのはごめんだ。
ましてや、その下につくなど論外だ。
史実の新田家は、鎌倉時代の中期あたりから足利家に半ば服從するような立場になっていたが、それだけは絶対に避ける。
そう決心した。




