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猫系男子と名探偵  作者: ひだまり
水族館
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5/39

5

 ある日の午後7時。

 夜間営業を行っている水族館は、昼間とは違った幻想的な雰囲気に包まれていた。館内の照明は落とされ、大きな水槽の中を泳ぐ魚たちが青白い光に照らされている。水面の揺らめきが壁や床に淡く映り、まるで海の底にいるような静けさが広がっていた。


 その水族館の一角に、朝日零はいた。

 黒髪のセミロングを整え、コートの襟を軽く直しながら客がいる水槽、そこから少し離れた場所から周囲を観察している。


 今回の依頼人は、山田花、三十五歳の主婦だった。

 依頼内容は、夫である山田敦の浮気調査。


 敦は現在、三十五歳で会社を経営しており、最近になって帰宅時間が遅くなることが増えたという。休日にも一人で出かけることが多くなり、花は夫の行動に疑念を抱いていた。


 いま、山田花は自宅にいる。

 零だけが敦を追って、この水族館までやって来ていた。


 零は人の流れに紛れながら、敦の姿を探した。

 そして、ほどなくして見つける。


「……いた」


 黒髪で真面目そうな顔をしたスーツ姿の男、

 山田敦は小魚が泳ぐ水槽の前に立っていた。

 しかし、先ほどから敦の行動には妙なところがある。

 敦に声をかける女性の姿が、どこにもないのだ。


 敦は誰かを探すように周囲を見回しながら、館内を歩いている。

 そして、しばらくすると、一つの水槽の前で足を止めた。

 零も少し離れた場所から、その男を見る。


「……え?」


 零の目が大きく見開かれた。

 敦の視線の先、そこにいたのは、一人の男だった。

 茶色の髪。

 白いシャツに黒いズボンという、どこか飾り気のない服装。

 水槽からこぼれる青い光を横顔に受けながら、その男は静かに水槽の中のクラゲを眺めていた。


「……斎藤さん?」


 零が思わず小さく呟く。

 そこにいたのは、斎藤静だった。

 橋の上で雨に濡れていた刑事。

 雷を怖がる零にイヤホンを渡してくれた男。

 まさか、こんな場所で再会するとは思っていなかった。


 しかし、零が驚いたのは静がここにいたことだけではなかった。

 静から少し離れた場所で、敦がカメラを取り出したからだ。

 敦は周囲を確認すると、静に気づかれないようにカメラを構える。


 カシャッ。

 小さなシャッター音が響いた。

 敦は撮影した写真を確認する。

 そこに映っていたのは、クラゲの水槽を見つめる静の横顔だった。


「キレイだ……」


 敦は写真を見つめながら、恍惚とした表情を浮かべていた。


 さらに一枚。

 カシャッ。

 また一枚。

 静はそのことに気づいていない。


 ただ水槽の中をゆっくりと漂うクラゲを眺めている。

 青白い光に照らされた静の横顔は、普段よりも静かで、どこか儚げに見えた。

 敦は夢中になってシャッターを切り続ける。

 その姿を見ていた零は、息を呑んだ。


「……まさか」


 花から聞いていた浮気の疑い。

 夫が夜に出歩くようになったこと。

 休日にも一人で出かけるようになったこと。

 零は当然、女性関係を疑っていた。


 しかし__。


「……あの人、斎藤さん目当てでここに…」


 零は敦を見つめた。

 敦の視線は、完全に静だけを追っている。

 その目には、単なる偶然の出会いや知人を見るものとは違う、異様な執着が滲んでいた。


 零は探偵としての表情に戻る。

 そして、静のほうへ視線を移した。

 本人は何も知らない。

 クラゲが漂う水槽を眺めながら、ただ静かに立っている。


「……斎藤さん」


 零は小さく呟いた。

 まさか自分が調査していた男が、あの猫のような刑事を追いかけていたなんて。

 予想もしなかった事実に、零はしばらく言葉を失っていた。




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