4
しばらくすると、雨音と穏やかなBGMに包まれた部屋の中で、零の瞼が少しずつ重くなっていった。
慣れない状況に緊張していたせいか、疲れが一気に押し寄せてきたらしい。零はソファに座ったまま、何度か小さく欠伸をする。
静はそんな零の様子に気づくと、少し考えてから話し始める。
「今晩、泊まっていきます?」
「えっ?」
零が顔を上げた直後、静が零の肩に手を置き
「僕はどちらでもかまいませんよ?」
と言った。
「まっ……!」
突然のことに、零は慌てて姿勢を正す。
「待ってください!とっ泊まるだなんて、そんな……」
零は気まずそうに静へ背を向けた。
静は不思議そうに首を傾げる。
「なにか問題でも?」
「……着替えもないですし、今日は帰ります…」
零は赤くなった顔を隠すように俯いた。
すると静が、ふと思い出したように口を開いた。
「零さん」
「はい…」
「さっき、あなたの肩をもって思ったんですが…」
「なんですか?」
「あなた、百万円の抱きまくらに似てます」
「は???」
零は思わず静の方を見た。
静があごに手をあて、話を続ける。
「先日、寝具店で百万円の抱き枕を試しに使ってみたんです。その時の抱き枕に……、感触が…似てました」
「抱き枕…?」
「ええ」
「寝る時に使う枕のことですよね?」
「はい。正しくは、腕や脚をからませて抱きしめるように使う、1メートル前後の大型の寝具、クッションのようなものです」
零はしばらく静の顔を無言で見つめた。
そして、みるみる顔を赤くする。
「人をそんなものに例えないでください…!!」
♢
しばらくすると、激しく降り続いていた雨が次第に弱くなっていった。窓の外で鳴っていた雷も遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなる、静かな夜が戻ってきた。
零は窓の外を確認すると、ほっと息を吐いた。
「……雷、止んだみたいです」
「それはよかった」
静が窓の外へ目を向け言った。
零は手に持っていたケースに入ったイヤホンを、静へ差し出した。
「これ、ありがとうございました。返します」
「あぁ。それ、差し上げます」
「え?」
零が驚いたように目を丸くする。
「でも……」
「傘を差してくれたお礼です」
静はいつもの淡々とした口調で言った。
零は手の中にあるイヤホンを見つめる。新品だったことを思い出し、本当に受け取っていいのか迷った。
けれど、静の表情は変わらない。
「……では、お言葉に甘えて」
零は素直にイヤホンを受け取った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
静は玄関まで零を見送った。
零は靴を履き、玄関に置いてあった傘を持って、扉の前で振り返る。
「では…、また」
「はい。お気をつけて」
静が小さく手を振る。
零も一度頭を下げると、玄関の扉を開けた。
やがて扉が静かに閉まる。
一人になった静は大きなあくびをし、やがて部屋の中へ戻っていった。
一方、静の自宅を出た零は、手の中のイヤホンを見つめながら歩いていた。
雨上がりの夜道には、濡れたアスファルトが街灯を反射している。さっきまでの激しい雷雨が嘘だったかのように、街は静まり返っていた。
零はイヤホンをそっと握りしめる。
胸に手を当てると、心臓はまだ落ち着いていなかった。
「……連絡先、聞いとけばよかった…」
零は小さく呟く。
静との出来事を思い返すたびに、また胸が騒がしくなる。
雨は止んだ。
雷も止んだ。
それなのに__零の心臓だけは、いつまでも静まってくれそうになかった。




