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猫系男子と名探偵  作者: ひだまり
雨の日
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3/39

3

 穏やかなBGMが、零の耳の中で静かに流れていた。外では雨が降り続いているはずなのに、ノイズキャンセリングのおかげで雷の音はほとんど聞こえない。零はようやく肩の力を抜き、ソファに身体を預けた。


 しばらくして、零はふと隣を見た。

 静がこちらを見ていた。

 さきほどの無表情に近い顔ではない。どこか柔らかく、優しい目をしている。その視線が自分に向けられていることに気づいた瞬間、零の胸がまた小さく高鳴った。


 静の唇が動く。

 何かを言っている。

 しかし、イヤホンから流れる音楽のせいで、声はまったく聞こえなかった。


 零は首を傾げ、片耳のイヤホンを外した。


「なんですか?」


 静は少しだけ口元を緩めた。


「ひとり言を喋ってました」


「ひとり言?」


 零が目を丸くする。

 静は小さく笑った。


「雷が怖いなんて、可愛い人だなって…」


「か、かわ……!」


 零の顔が一瞬で赤くなる。

 言葉が続かなかった。


「……」


 零は慌てて静から視線を逸らし、外の雨へ目を向ける。

 耳まで熱くなっているのが自分でも分かった。


「……やめてください」


「何をです?」


「そういうことを、平然と言うの…」


 静は不思議そうに零を見る。


「思ったことを言っただけですよ」


「そんな…、普通は言わないです…」


 零は小さく呟いた。

 静はそんな零の反応を見て、また穏やかに笑った。

 その笑顔を見てしまった零は、ますます顔を上げられなくなった。


「温かいコーヒー、飲みます?」


 静がキッチンのほうへ視線を向けながら尋ねた。

 零は一瞬迷ったものの、外から聞こえてくる雨音と、まだ少し残っている緊張を落ち着かせるように小さく頷いた。


「いただきます」


「ブラックですか?」


「できれば……砂糖とミルクを……」


「わかりました」


 静は短く答えると、キッチンへ向かった。

 やがて、二つのマグカップから立ち上る白い湯気とともに戻ってくる。片方を零へ手渡し、もう片方を自分の手に取った。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 零は両手でマグカップを包み込んだ。じんわりとした温かさが冷えていた指先に伝わってくる。静も隣に腰を下ろし、ブラックコーヒーを一口飲んだ。

 零はゆっくりとコーヒーを口にする。


「……美味しい」


 思わず、素直な感想が漏れた。

 静はそれを聞くと、ほんの少しだけ微笑んだ。その表情はとても自然で、気だるげな雰囲気とは違って見えた。

 零はその笑顔を見ながら、ふと気になったことをたずねる。


「そういえば、あなたの名前をまだ聞いていませんでした」


「…マイケル・ロバートです」


「……」


 零は無言で静を見る。

 数秒の沈黙。


「……嘘つかないでください」


「ばれましたか」


 静が小さく笑う。


「斎藤静です」


「斎藤……静さん」


 零はその名前を一度口にしてから、自分のことも名乗った。


「私は朝日零、私立探偵をしています」


「私立探偵ですか…、僕は刑事です」


「刑事?」


「意外ですか?」


「いえ……」


 零は静を改めて見つめる。


 雨に濡れていたときからそうだった。どこか気だるげで、自由気まま。人との距離感も独特で、猫のような雰囲気をまとっている。

 とても刑事には見えない。

 そんなことを考えていると__。


「あ!」


 突然、静が声を上げた。


「なんですか?」


 零が驚いて静の方をみる。

 静は零の顔をじっと見つめていた。


「目の下に、まつげが……」


「え?」


 零が自分の目元に触れようとした、そのときだった。

 静の手が伸びてきた。


「……っ」


 指先が、零の頬にそっと触れる。

 あまりにも突然のことだった。

 零の身体が固まる。

 静は気にする様子もなく、零の目の下に付いていた小さなまつげを指先で取り除いた。


「取れました」


「……」


 零は何も言えなかった。

 頬に触れた静の指先の感触が、いつまでも残っているような気がする。

 心臓が、急に速くなった。

 ドクン、ドクン、と胸の奥で大きく鼓動している。


「……零さん?」


「は、はい!」


 思わず声が裏返った。

 静は不思議そうに首を傾げる。


「どうしました?」


「な、なんでもありません……!」


 零は慌ててマグカップに視線を落とした。

 頬が熱い。

 零はそれを悟られないように、両手でマグカップを握りしめた。

 隣では、何も知らない静がブラックコーヒーを静かに飲んでいる。

 その横顔を見ながら、零は心の中で小さくため息をついた。


 __この人、本当にずるい。


 何気ない仕草一つで、どうしてこんなにも心を乱されるのだろう。

 外では相変わらず雨が降り続いていた。




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