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突然、静のズボンのポケットからスマートフォンの着信音が鳴った。
静は零から少し離れ、画面を確認する。
表示されていたのは、兄である響の名前だった。
静は電話に出る。
「用件はなんですか?」
『朝日零で何人目だ?』
その言葉を聞いた瞬間、静が眉間にしわをよせる。
『気のあるふりをして、相手に好意を抱かせてから突き放す。そういう遊びを、いつまで続けるつもりだ?』
「……」
静は何も答えない。
『月のことも、告白してくれば突き放すつもりだったんだろ?』
「……」
『静…、お前はいったい…、なにを考えてるんだ?』
静はしばらく黙っていた。
そして、何も言わないまま電話を切った。
「斎藤さん?」
零がソファから立ち上がり、不安そうに尋ねる。
「どうしたんですか?」
「……」
静は答えず、部屋の壁に背を預けた。
そして、零をまっすぐ見つめる。
「零さんは、僕のどこに惹かれたんですか?」
「え……?」
突然の質問に、零は戸惑った。
「外見ですか?それとも、中身ですか?」
「……どちらも、です」
零は恥ずかしそうに答える。
「最初は…外見でした。でも、会うたびに斎藤さんの内面の優しさや温かさを知って、そこから好きになっていきました。あと…猫みたいに気まぐれなところに惹かれました」
「……」
「斎藤さん?」
「全て嘘なら、どうします?」
「…嘘?」
零の表情が曇る。
静は淡々と続けた。
「言っていませんでしたが、僕は警察官になる前、ホストクラブで働いていました」
「……」
「女性が好むであろう髪型やファッション、立ち振る舞い。そういうものは、そこで学びました」
零は何も言えなくなった。
「……」
静は視線を落とす。
「あなたの前では吸いませんでしたが、僕は普段、煙草を吸います」
その言葉に、零が息を呑む。
「それに、基本的に人に興味がありません。
誰がどうなろうが、どうでもいい。そういう人間なんです」
「……」
零は俯いた。
さっきまで温かかった胸の奥が、急に冷たくなっていくようだった。
自分が好きになった優しい人。
自分を抱きしめてくれた人。
髪を乾かしてくれた人。
その姿のどこまでが、本当の静なのか。
零には分からなくなっていた。
「僕はあなたに、なんの感情も抱いていません」
「!!」
零は何も言えず、ただ彼の顔を見つめていた。
「あなたに好かれようが嫌われようが、どうでもいい」
その言葉が、零の胸の奥に突き刺さる。
さっきまで自分が信じていたものが、音を立てて崩れていくようだった。
静が優しくしてくれたことも、髪を乾かしてくれたことも、雨の中で傘を差し出してくれたことも、
零にとっては大切な思い出だった__。
「そんな…」
静に対する想いが涙となって込み上げてくる。
零の瞳から、とうとう涙がこぼれた。
一度流れ始めた涙は止まらず、頬を伝って落ちていく。
「……どうして……」
声が震える。
「どうして、こんなこと……」
静は答えなかった。
ただ、いつもの落ち着いた表情で零を見つめている。
やがて沈黙を破るように男が話し始めた。
「ホスト時代に思いついた、ただの遊びですよ。
どうすればあなたを口説き落とせるか、試しただけです」
零の唇が震えた。
「私に告白させる為にずっと……、騙してたんですか…?」
「そう思ってもらって構いません」
淡々とした返事だった。
零は涙を拭おうとした。
けれど、手が震えてうまく動かない。
斎藤はそんな零をしばらく見つめたあと、静かに背を向けた。
「さようなら。お元気で」
ドアが開く。
そして、閉じた。
部屋に静寂が戻った。
零はしばらく動けなかった。
目の前から静が消えたという事実を、頭が理解することを拒んでいる。
やがて膝から力が抜けた。
「……っ」
その場に崩れ落ちる。
床に手をつき、うつむいた瞬間、堪えていた涙が一気にあふれた。
「……うそ……」
何度も首を振る。
「どうして……」
胸が苦しい。
息を吸うたびに喉が震える。
好きだった。
本当に好きだった。
だからこそ、今まで自分が見てきた斎藤の姿が、すべて偽物だったのだと思うと耐えられなかった。
零はその場で泣き続けた。




