37
シャワーを浴び終えた零は脱衣所にあった部屋着に袖を通した。
タオルで髪を拭き、ドライヤーのスイッチを入れる。
温かな風が髪を揺らす。
その瞬間、ふと以前のことを思い出した。
静の家で、彼に髪を乾かしてもらった夜。
あの時の静の優しい手つきと、落ち着いた声が蘇る。
「……」
零の胸が苦しくなる。
髪を乾かし終えた零は、ドライヤーを置いてリビングへ戻る。
「……斎藤さん?」
先ほどまで起きていた静が、ソファに身体を預けて眠っていた。
零は足音を立てないよう、そっと近づく。
静かな寝息。
いつもは落ち着いていて大人びて見える静が、眠っているとどこか無防備で、年相応に見えた。
零はしばらく、その寝顔を見つめる。
(……可愛い…)
声には出さず、心の中で呟く。
もう少しだけ見ていたい。
そんな気持ちになり、零はソファのそばにしゃがみ込んだ。
そのとき――。
静のまぶたがゆっくりと動いた。
「……ん」
目が開く。
そして、すぐ目の前にいる零と視線が重なった。
「……零さん?」
「!」
零は驚いて固まった。
静はまだ眠そうな目で零を見つめていた。
零はソファに座っている静の隣に腰を下ろした。
先ほどまで静の寝顔を見ていたせいか、まだ胸の鼓動が落ち着いていない。
静はしばらく何かを考えるように黙っていた。そして、静かに話し始める。
「零さん」
「はい」
二人の視線が合う。
「あなたに、言っておかないといけないことがあります」
すぐ隣にいる男性の言葉に、零の心臓がまた大きく跳ねた。
静は一度、息を呑み、語り始める。
「僕は…相手が誰であれ、緊張したり、顔が赤くなったりすることがありません」
「……」
零は静の言葉を黙って聞いていた。
「誰かと一緒にいても、そういう感情になったことがありません。言ってみるなら、恋愛感情を持てない人間…、そう理解していただければ助かります」
「……恋愛感情を持てない…」
零は小さく呟く。
静の言葉に胸の奥が、少しだけ痛んだ。
それでも零は、静が自分に嘘をつかず、正直に話してくれたことが嬉しかった。
長い沈黙が流れる。
窓の外では、雨がまだ静かに降っていた。
零は膝の上で手を握りしめる。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「私は…」
「?」
「私は、斎藤さんが好きです」
静の目がわずかに見開かれる。
「ドキドキしてくれなくても構いません」
零は震える声を抑えながら続けた。
「今すぐ答えを出してほしいとも思っていません」
「……」
「ただ……私の気持ちは、ちゃんと知っておいてほしいんです」
零は静をまっすぐ見つめた。
自分の気持ちを言葉にした瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが、少しだけ軽くなった。
静はすぐには答えなかった。
ただ、零の言葉を受け止めるように、静かに彼女を見つめていた。




