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猫系男子と名探偵  作者: ひだまり
朝日零と清水月
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 リビングに戻った月は後ろにいた桜井へと振り向き、彼女をじっと見つめた。


「ねぇ」


「なんでしょう?」


「あなた、社員じゃなくて、響の愛人か何かでしょ?」


 桜井は一瞬きょとんとしたあと、穏やかに首を横に振った。


「愛人ではありません。私と社長は対等な関係ではありませんから。あえて言うなら……、私は響様の召使(めしつか)いのようなものです」


「召使い?」


 月が眉をひそめる。


「ええ。私だけではありません。ほとんどの社員が、響様の召使いとして働いています」


「……」


 月は信じられないという顔をする。


「公には出来ませんが、時には、痛くない鞭でお尻を叩かれたり、口頭で罵られたり……、

 響様から沢山の教育を受けてきました」


「ありえない……」


 月は絶句した。


「その話が本当なら、響って相当ヤバい男なんじゃ……」


 桜井はそんな月を見て、くすりと笑う。


「月先生は、まだまだ子供ですね」


「え?」


「鞭で叩かれる者も、厳しい言葉を受ける者も、多くの社員はみんな自分から響様に志願して、そういう扱いを受けているのです」


「ちょっと待って、それってつまり…」


 月は少し考えたあと、呆れたように言った。


「響がドSで、あなたたち社員がドMってこと?」


 桜井は思わず笑った。


「私は違いますが、そうなりますね」


「……ヤバい会社ね…。狂ってるわ…」


 月は呆れたように呟いた。

 しかし、その表情には先ほどまでの険しさはなく、どこか拍子抜けしたような笑みが浮かんでいた。


「まあ、それはあくまでも裏側の話です」


 桜井は穏やかな笑みを浮かべた。


「表向きは、優しい社長と、その社長を尊敬する社員。普通の会社として、ちゃんと成り立っています」


「……」


 月は腕を組み、何とも言えない顔をする。


「……響がそんな性格なら、朝日さんは今頃、なにかされてるんじゃないの?」


 先ほど響に連れられて出ていった零の姿を思い浮かべる月。


「大丈夫です」

 桜井はくすりと笑った。


「響様は確かに厳しいところはありますが、根はとても優しい方ですから」


「……それは、知ってる」


 月は小さく呟いた。


「西田として私の側にいた時、なんだかんだで、私のことを考えてくれたし…」


 そう言ったところで、月はふわっとあくびをした。


「ちょっと仮眠とるわ…」


「月先生」


「なに?」


「良ければ添い寝、しましょうか?」


 桜井が優しく尋ねる。

 月は少しだけ桜井を見つめた。


「……勝手にすれば」


 そう言うと、月は眠そうに立ち上がり、寝室へ向かった。

 桜井はその後を静かについていった。


 ♢


 寝室のベッドに入り、月と桜井は並んで横になった。


「添い寝の相手が女性だなんて……なんだか変な感じだわ」


 月は隣にいる桜井をちらりと見た。

 まだ出会って間もない相手と、こうして同じベッドに入っている。それだけでも妙な感覚だった。


「では、失礼しますね」


 桜井がそっと月の身体を抱き寄せる。

 服越しに伝わってくる桜井の体温が、じんわりと月の身体を包んだ。

 冷えていた背中に、温かな熱がゆっくりと染み込んでくる。


「……」


 桜井の腕が月の身体を包み込み、もう一方の手が髪を撫でる。

 指先が髪をゆっくりとかき分けるたび、頭皮に優しい刺激が伝わってくる。


「……温かい……」


 思わず、月の口から言葉がこぼれた。

 その瞬間、幼い頃の記憶が蘇った。

 怖い夢を見た夜。

 母に抱きしめられたときの温もり。

 背中に触れる母の手。

 耳元で聞こえた、優しい母の声。


『月…、ちゃんと側にいるからね…』


 あの頃と同じような温かさだった。


「……」


 月の目から、涙が一粒こぼれた。

 桜井は何も聞かず、ただ月の頭を撫で続ける。

 その手のひらの温度と、身体を包む体温が心地よかった。


「月先生」


「…なに?」


「先生は怖い夢を見て、それをもとにホラー小説を書いているのですか?」

桜井が静かに尋ねる。


「……そうよ」


 月は桜井の胸元に顔を寄せた。

 そこから伝わってくる温もりに、自然と身体の力が抜けていく。


「ホラー小説もいいですが、これからはそういった小説だけではなく、もっと楽しいファンタジーや恋愛小説を書いてみてはいかがですか?」


「ファンタジーや恋愛小説……そんなの、書けるかしら」


「書けますよ」


「……ほんとにそう思う?」


「ええ。これからは月先生がいい夢を見られるよう、私がそばにいますから」


 月はしばらく黙っていた。

 やがて、桜井の胸に顔をうずめる。

 柔らかな布地越しに感じる温かさ。

 一定のリズムで聞こえる心臓の音。

 それらに包まれているうちに、月の意識は少しずつ眠りへ落ちていく。


「ありがとう……桜井……」


「どういたしまして、月先生」


 桜井は月の頭を優しく撫で続けた。

 やがて月は、安心しきったような穏やかな表情で眠りについた。



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