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リビングで零と月が話していた、その時。
わずかに開いたドアの向こうから男性の声が聞こえた。
「話は終わりましたか?」
「!」
零が驚いて振り返る。
リビングのドアが開く。
そこに立っていたのは、西田だった。
「西田!?」
月が驚いたように西田を見る。
「さっき、あんたを外に追い出して、玄関のカギ閉めたのに…」
「ええ。玄関のカギは閉まっています」
西田は平然と答えた。
「じゃあ、一体、どこから入ってきたのよ」
と月。
西田はポケットから一本の鍵を取り出す。
「裏口です。こういう時の為に裏口の合鍵を、あらかじめ作っておきました」
「……」
月の顔が引きつる。
「勝手に作ったの?」
「はい。月先生のマネージャーとして必要だと思いまして」
「あんた、ストーカーの気質があるわ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてないわよ」
月が睨みつける。
二人のやり取りを見つめていた零が口を開く。
「……西田さん」
「なんでしょう?」
「さっきの話……全部、聞いてたんですか?」
月が西田につめよる。
「聞いてたの?正直に答えなさい」
「聞いていました」
そう話す西田はいつもの真面目な雰囲気とは少し違っていた。
姿勢も、表情も、どこか堂々としている。
そんな男を見て、零は思わず首を傾げる。
「西田さんは…その…、本当に斎藤さんのお兄さんなんですか?」
「……」
響は一瞬だけ沈黙した。
そして零へ向き直り、静かに頭を下げる。
「朝日さん、申し遅れました」
「?」
「私は斎藤静の兄の斎藤響と申します」
「……本当に、斎藤さんのお兄さんだったんですね」
零の目が大きく開く。
響は穏やかな表情で続けた。
「ええ。いつも静がお世話になっています」
「……」
零は、目の前にいる男性と、先ほど月から聞いた話を頭の中で結びつける。
西田幸太郎。
月のマネージャー。
彼は__斎藤静の実の兄、斎藤響。
その事実に、零はしばらく言葉を失っていた。
響はしばらく零を見つめていた。
やがて、落ち着いた声で話し始める。
「朝日さん」
「はい」
「改めてお聞きします、あなたは、静のことをどう思っていますか?」
突然の質問に、零は戸惑った。
けれど、もう誤魔化すつもりはなかった。
「……好きです」
小さな声だった。
「斎藤静さんのことが……好きです」
「……」
響は黙って零を見つめる。
「そうですか」
その返事は、あまりにも静かだった。
「では、すべてお話しします」
「?」
「今回、私があなたに依頼した理由は、静から身を引いてもらう為です」
零の表情が変わる。
「え……?」
「月と静のやりとりをあなたに見せて、静にはすでに恋人がいると思わせる。そして、あなたに静を諦めていただく。それが目的でした」
「そんな…」
零の胸が締めつけられる。
響は淡々と続けた。
「ちなみに以前、あなたに浮気調査を依頼してきた山田花さんと、彼女の夫である山田敦さん…」
「!…まさか」
「あの二人は私の部下です」
「……」
「あなたと静がどういう関係なのかを探るために、二人に嘘をつかせ、静のストーカーとその妻として演技してもらうよう頼みました」
零は何も言えなくなった。
「あともう一つ。先日、いい雰囲気のバーであなたに絡んできた男と、その男と一緒にいた謎の金髪美女…」
「まさか、あの人たちも?」
零の顔から血の気が引いていく。
「私の部下です」
と響が笑みを浮かべながら言った。
「そんな…」
零が言葉を失う。
あの水族館での出来事も。
バーで起きた騒ぎさえも。
すべて、偶然ではなかった。
「じゃあ……」
零の声が震える。
「雨の日に、私が橋の上で斎藤さんと出会ったことも……、全部、あなたが仕組んだことなんですか?」
響は少しだけ目を伏せた。
「あなたが傘を差しながら静の家の中に入っていくところは見ていましたが、出会いそのものは偶然です…、安心してください」
「……」
「あなたが静をどう思っているのかを知るために、いくつかの出来事を仕掛けてしまったこと。
…弟を守る為とはいえ、申し訳ありませんでした」
「……」
零は俯いた。
楽しかった水族館。
バーで静と過ごした時間。
静に抱きしめられた瞬間。
そのすべてを思い返す。
あの笑顔も。
あの優しい言葉も。
自分の気持ちさえも。
響に試されていたような気がして、胸が痛くなった。
「……ひどいです」
零は小さく呟いた。
「斎藤さんは、バーであなたの部下に殴られたんですよ…」
「……」
響は無言のまま、ただ、静かに零を見つめていた。




