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猫系男子と名探偵  作者: ひだまり
朝日零と清水月
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 翌朝の午前9時。

 零は約束の時間に、月の自宅を訪れていた。

 インターホンを押すと、しばらくして玄関の扉が開く。


「朝日さん、お待ちしておりました」


 西田が零を招き入れる。


「お邪魔します」


 零は靴を脱ぎ、リビングへ入った。

 そこで、思わず足を止める。


「……これは」


 部屋の壁には、何かを強くぶつけたような跡がいくつも残っていた。

 壁紙はところどころ剥がれ、家具にも細かな傷がある。

 さらに、テレビの画面には大きなひびが入り、完全に割れていた。

 昨夜、零が見た月の姿が脳裏をよぎる。


「驚きましたか?」


 西田が苦笑する。


「はい…、少し」


「月先生、感情が昂ると物にあたることがありまして」


 零は割れたテレビを見つめる。


「これも、そうなんですか…?」


「はい。それは少し前のものになりますけど」


「……」


 西田は何事もなかったようにキッチンへ向かった。


「月先生は別室で執筆中です。少し時間がかかると思いますので、ソファに座ってお待ちください」


「分かりました」


 西田はテーブルの上に湯気の立つお茶を置いた。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 零はソファに腰を下ろす。

 湯呑みを手に取り、一口飲む。

 温かいお茶が喉を通っていく。

 しかし、落ち着かない。

 壁の傷。

 割れたテレビ。

 そして、この家のどこかで原稿を書いている月。

 誰にも言えない秘密をかかえた女性が、もうすぐ目の前に現れる。


「……」


 零は湯呑みを両手で包みながら、静かに待った。

 午前10時半。

 ようやく執筆を終えた月が、別室からリビングへと入る。


「終わったわ」


 月は完成した原稿のデータが入ったUSBメモリを、西田へ差し出す。


「先生、お疲れ様です。お預かりします」


 そう言って西田がUSBメモリを受け取る。


 そのとき、ソファから零が立ち上がり

「初めまして、清水さん。私は朝日零と申します」

 と、月に自己紹介する。


 月は零の顔をじっと見る。

 そして、少し乱れていた銀色の髪を手で整える。

 仕事着であろう白いフリルのワンピースが、月の儚げな雰囲気によく似合っており、

 思わず零は見惚れてしまう。


「西田から話は聞いてるわ、あなた探偵なんでしょ?私は作家の清水月…。よろしく」


「よろしくお願いします」


 二人はテーブルを挟んで向かい合うように椅子へ座った。

 零は一度息を整える。

 そして、昨日のことを月に話した。


「実は昨日、あなたを尾行しました」


 月の表情がわずかに変わる。


「斎藤静さんの自宅へ入っていくところも確認しています。その後、あなたと斎藤さんの会話を聞きました」


「…話を続けて」


 月は静かに零を見る。


「…あなたと斎藤さん、二人の関係を調べるよう依頼を受けたので、調査をしていたんです。

 仕事とはいえ、勝手に会話を聞いてしまって、すみません…」


「……言わなくてもわかるわ、その依頼主は西田だって…」


 月の視線が黒髪メガネの男性へ向き、西田が無言のまま俯く。


「西田」


「…はい」


「席を外して」


「え?」


「いいから」


 西田は戸惑いながら立ち上がる。


「では、別室に…」


「違う」


 月の声が低くなる。


「家から出ろって言ってるのよ!」


「先生、落ち着いて――」


 月は西田の腕を掴んだ。


「ちょっと、先生!」


 そのまま玄関へ向かって歩き出す。


「待ってください、まだ話が…!」


「もう帰って!」


 月は西田を玄関の外へ押し出す。


「先生!」


 バタン。

 玄関の扉が閉じられ、鍵が閉められる。

 リビングに戻ってきた月は、何事もなかったような顔をしている。


 零はテーブルの椅子に座ったまま、緊張していた。

 ふと、昨日見た光景が頭をよぎる。

 怒鳴る月。

 そして、西田の頬を平手打ちし、家から追い出した月。


「となり、座っていい?」

 と月が零のそばに歩み寄る。


「はい…」

 そう言って零が背筋を伸ばし、座り直した。


 月が零の隣の椅子に腰を下ろす。

 零の身体がわずかに強張った。

 月はそんな零をじっと見つめる。

 そして、突然、零の頭へ手を伸ばした。


 月が優しく零の髪を撫でる。

 零が驚いてとなりを見ると、月は穏やかに微笑んでいた。


「私を尾行したこと、正直に話してくれてありがとう」


「……」


 昨日まで話したこともなかった女性。

 けれど今、零の目の前にいる月は、怒りを露わにしていた姿とは別人のように穏やかだった。

 その落差に、零はますます月という女性が分からなくなっていた。

 月は零の頭を撫でながら、穏やかな声で尋ねた。


「斎藤だから受けたの?」


「え?」


「西田からの依頼。調査する相手が斎藤静だから受けたんでしょ?」


 零は少し戸惑った。


「いえ…、ターゲットが誰であれ、依頼は受けるつもりでした」


「ふ~ん…」


 月は零の顔をじっと見つめる。


「だとしても、あなたは斎藤に恋心がある…。でしょ?」


「……」


 零は答えられなかった。

 図星だった。

 否定しようとした言葉が、喉の奥で止まる。

 長い沈黙のあと、零は小さく頷いた。


 月はしばらく零を見つめていた。

 そして、ふっと微笑む。


「だと思った」


「……」


「安心しなさい」


 零が顔を上げる。

 月が子供に向けるような優しい目で零を見つめ言う。


「私と斎藤は恋人じゃないし、身体の関係もないわ」


「本当ですか?」


「ええ」


 月は静かに頷いた。


「ただ、添い寝するだけの関係。クマのぬいぐるみに添い寝してもらってるようなものだから、あなたが気に病むことじゃないわ」


 零の胸に張りつめていたものが、少しずつほどけていく。


「そう…、なんですね」


「ええ。私は斎藤に対して恋愛感情なんて一ミリも持ってない。だから不安に思わないで」


 月はそう言って、もう一度零の頭を優しく撫でた。




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