27
喫茶店を出た零は、しばらく街を歩いていた。
大通りを避け、静かな路地裏へ入る。
「……斎藤さんに直接、話を聞くのもなぁ…」
零は小さく呟いた。
本人に尋ねれば早い。
けれど、それによって静との関係が悪くなるのを零は恐れていた。
鞄から、西田から渡された写真を取り出す。
「清水月さん…か…」
銀髪の女性の写真を見つめながら歩いていると――。
ふと、視界の端に人影が入った。
「ん?」
零が影の方向に目をむける。
少し先を歩いている女性。
白いスーツ姿。
赤いハイヒール。
そして、腰まで伸びた銀色のロングヘア。
「!!!」
零は足を止めた。
慌てて写真を確認する。
写真の女性と、視線の先にいる女性を見比べる。
髪。
顔。
雰囲気。
間違いない。
「本人だ…」
零の胸が少し高鳴った。
まさか、こんなところで見つけるとは思わなかった。
月は零の存在に気づくことなく、路地の奥へと歩いていく。
零は写真を鞄へしまう。
そして、一定の距離を保ちながら、女性のあとを追い始めた。
「……」
零は足音をできるだけ立てないようにする。
月が何処へ向かっているのか。
誰と会うのか。
そして――。
斎藤静との関係は、一体どんなものなのか。
零は慎重に清水月の後を追っていった。
♢
しばらく月のあとを追っていると、開けた広場へ出た。
零は月から少し離れた場所で足を止める。
「あれは…誰だろう?」
月の前に、一人の男性が現れた。
二十代半ばくらいだろうか。赤い短髪にラフな格好。どこかチャラい印象を受ける青年だった。
二人はその場で親しげに言葉を交わし始める。
「……知り合いかな?」
零は物陰から二人の様子をうかがった。
やがて二人は並んで歩き始め、広場に面したカフェへ入っていく。
零も少し時間を空けてから店内へ入った。
零は二人から離れた一人席を選び、背を向けるように座る。
飲み物を注文し、さりげなく二人の様子を確認した。
月と赤髪の男性は、テーブル席に向かい合って座っていた。
男性が楽しそうに何かを話している。
月は飲み物を口に運びながら、静かにその話へ耳を傾けていた。
時折、男性が照れたように月から視線を逸らす。
「……」
零はその様子を観察する。
(――あの男性、清水さんに気があるのかな)
少なくとも、ただの知人に向ける態度には見えなかった。
男性とは対照的に月は落ち着いているように見える。
相手をからかうこともなければ、不機嫌になる様子もない。男性が話せばきちんと聞き、時折、小さく微笑んでいる。
零はコーヒーカップに口をつけながら、西田の言葉を思い出した。
『月先生は、気性がとても荒いので……』
「……」
もう一度、月を見る。
写真で見たときと同じ、儚げで整った容姿。
大人しい雰囲気。
落ち着いた立ち振る舞い。
目の前にいる彼女からは、とても『気性が荒い』という印象は受けなかった。
「……西田さん、大げさに言ってたんじゃ……」
零は小さくつぶやいた。
♢
カフェを出ると、月と赤髪の男性は広場の中央で足を止めた。
「じゃあ、またな」
男性が月に言った。
「ええ。また」
月は微笑み、赤い髪の男性へそっと近づく。
二人を遠くから見ていた零が目を細める。
月は男性の頬にそっと手を触れて、そのまま頬にキスをした。
「!」
男性が驚く。
そのまま月は、赤髪の男性の頭を優しく撫でた。
「また連絡するわ」
「……お、おう」
男性の顔が一気に赤くなる。
明らかに照れていた。
「…なに?いまの…」
その光景を見ていた零は、思わず目を見開いた。
「もしかして…、二人は付き合ってるとか?」
零の胸の奥がざわつく。
もしそうなら――。
月と静は、恋愛関係ではないのかもしれない。
そう考えると、すっと胸の奥が軽くなった。
月は赤髪の男性と別れると、一人で歩き始めた。
零は月から少し距離を取ってその後を追う。
やがて月が自宅であろう一軒家の玄関の扉を開け、家の中へ入っていった。
「あれが、月さんの家…」
零は向かい側の建物の陰から様子をうかがう。
それからしばらく待ったが、月が再び外へ出てくる様子はなかった。
スマホの時計を見る。
時刻は午後1時を回っていた。
「夕方、また来てみようかな……」
零はそう呟き、一度その場を離れることにした。




