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猫系男子と名探偵  作者: ひだまり
お洒落なバーにて
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24/39

24

 静は床に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。

 頬を軽く押さえながら、男を見つめる。


「……今、右腕で殴りましたね?」


「……」


 男が自分の右腕を見る。

 先ほどまで『折れた』と騒いでいた腕だった。

 静は淡々と続ける。


「右腕の骨が折れているのであれば、人を殴るなんてことはできません」


「っ……」


 男の顔が歪む。

 自分の嘘が完全に見破られたことに気づき、悔しそうに拳を握った。

 静は服についた埃を軽く払いながら、上着のポケットへ手を入れる。


「ちなみに、こう見えて私は警察官です」


「なに!?」


 静は警察手帳を取り出し、男へ見せた。


「今の行為は暴行罪にあたる可能性があります。2年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料…このまま、あなたを逮捕することも可能ですが……どうします?」


「わっ……悪かった!」


 男の態度が一変する。

 静は男を見つめたまま、零の方に掌を向ける。


「僕ではなく、彼女に謝ってください」


「……」


 男は零のほうへ向き直る。


「わ、悪かった……」


「わ、私のほうこそ、すみませんでした!」


 零も慌てて頭を下げる。

 男は気まずそうに頭を掻くと、隣にいた金髪の女性、咲子とともに店の出口へ向かった。

 二人が店を出ていき、扉が閉まる。

 店内には、しばらく静寂が残った。


 その時__。

 パチパチパチ……。

 一人の客が拍手を始める。

 それにつられるように、周囲の客からも拍手が起こった。


「……」


 零は呆然と静を見る。

 静は何事もなかったように警察手帳を上着のポケットへ戻した。

 そして、そのまま零へ視線を向ける。


「大丈夫ですか?」


「それは私の台詞です!」


 零は慌てて静の頬を見る。


「私より自分の心配をしてください。さっき思いっきり殴られてたじゃないですか…」


「大したことありません」


 静は淡々と答える。


「あなたに怪我がなくて良かったです」


「……」


 零は思わず黙り込んだ。

 自分のことより、相手のことを心配をする、静の優しさに零は心を打たれた。

 騒ぎが収まり、店内に再びジャズが流れ始めた。

 零は静の顔をじっと見つめた。


「……斎藤さん」


「はい?」


「唇(くちびる)から血が……」


 よく見ると、静の唇の端が切れていた。

 そこから、ほんの少しだけ血が滲んでいる。


「怪我してるじゃないですか…」


「これくらい、大丈夫ですよ」


 静は気にしていない様子だった。

 零は鞄からハンカチを取り出す。


「じっとしていてください」


「?」


 零は静の唇へそっとハンカチを当てた。

 血を拭う指先が、わずかに震える。

 近い。

 静の顔が、すぐ目の前にある。

 零は胸の鼓動をおさえながら、傷口を優しく拭った。


「……はい。もう大丈夫です」


「ありがとうございます、零さんは本当に優しい方ですね」

 そう言って静は零へ向かって、優しく微笑んだ。


 その笑顔を見た瞬間__。

 零の胸が、強く高鳴った。


「……」


 分かった。

 自分は、この人が好きなのだ。

 ただ尊敬しているだけではない。

 静に優しく笑いかけられるだけで、こんなにも嬉しい。

 怪我をすれば心配になる。

 そばにいるだけで、胸が落ち着かなくなる。

『自分は斎藤静に恋をしている』

 そう自覚した零は頬を少し赤くしながら、静から視線を逸らした。


「どうしました?」


「いえ……、なんでもありません」


 その後、二人はカウンターに並んで座り、酒を飲みながらいろいろな話をした。

 仕事の話。

 最近見た映画の話。

 どうでもいいような些細な話まで。

 一週間ぶりに会った二人は、穏やかで楽しい時間を過ごしていた。



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