23
トイレに入った零は、洗面台の前で立ち止まった。
鏡を見る。
「なっ……」
自分の顔が、耳まで真っ赤になっている。
零は慌てて両手で頬を覆った。
「……なんでこんなに赤くなってるの」
さっきの静の言葉が、頭から離れない。
『――恋人ではない男性と、ベッドで一晩過ごせますか?』
「……」
零は鏡を見つめながら考える。
(…あれって、遠回しに誘ってるってこと?)
もし、そうだとしたら静は自分のことを、少しでも特別に思っているのだろうか。
そう考えた瞬間、零の胸が大きく高鳴った。
「……だとしたら、斎藤さんは私のこと……」
そこまで口にして、零は慌てて首を振る。
「って、そんなわけない」
まだ、自分は静に何も伝えていない。
静も自分に恋愛感情があるとは言っていない。
「大体、付き合ってもいないのに……いきなりベッドで添い寝だなんて……」
言葉にするだけで恥ずかしくなり、零は顔を覆った。
もし本当にそんなことになったら__。
想像してしまっただけで、心臓がさらに速くなる。
「っ……!」
零は慌てて深呼吸する。
(だめ……考えちゃだめ……)
それでも、頭の中から静の顔が消えてくれない。
(……想像したら、鼻血が出そう……)
零は心の中で叫びながら、何度も頬を冷ますように手で仰いだ。
やがて少し落ち着くと、鏡の中の自分を見つめる。
「……普段通りにしなきゃ」
そう呟いてから、零はもう一度深呼吸した。
そして、まだ少し顔が赤いまま、静が待つカウンターへ戻っていった。
♢
零がトイレから出て、カウンターへ向かって歩いていた、そのときだった。
ドンッ!
「……あっ、すみません」
零の肩が、一人の男性とぶつかる。
零の視線の先。
そこにいたのは、スキンヘッドにTシャツとズボン姿の強面な男だった。
男の腕には入れ墨が入っている。
かなり酒に酔っているらしく、足元も少しふらついていた。
「おい!てめぇ!」
「!!」
零が驚き、肩を震わせる。
男は右腕を押さえながら、零へ近づいていく。
「お前がぶつかってきたから、右腕が折れちまったじゃねーか!」
「えっ……」
「治療費払えや!」
「そ、そんな……」
零は困惑する。
ぶつかったのは確かだが、相手の腕が折れるほどの衝撃ではなかった。
それでも、男は怒鳴りながら迫ってくる。
そのとき。
「体格を見る限り、ぶつかって怪我を負うのは、あなたより彼女では?」
静が二人の間に入った。
「……なんだと?」
男が静を睨みつける。
「あなたが骨折しているなら、彼女は粉砕骨折しています。今すぐ彼女に、治療費を払ってください」
静が冷静な口調で言った。
「この女に払う金はねぇよ!」
と男が怒鳴る。
「…お金がないのであれば__」
静の視線が、男の後ろへ向く。
そこには、タイトな服を着た、グラマラスな体型の金髪ロングヘアの女性が立っていた。
静はその女性の手を取る。
「この方を担保として、いただきます」
「えっ?」
女性は驚き、頬を赤らめる。
男の顔が一気に険しくなった。
「咲子に触るな!」
と男が怒鳴る。
静は女性の手を離さない。
「では、今すぐ治療費を__」
静が言った、その瞬間。
男が右腕を大きく振り上げた。
「ふざけんな!」
「っ!」
男の拳が静の顔に当たった。
静の身体がよろめき、そのまま床へ倒れ込む。
「斎藤さん!」
零が叫ぶ。
店内に、騒然とした空気が広がった。




