21
零は家族の話を終え、グラスをテーブルに置いた。
「静さんのご家族は?どんな感じですか?」
「そうですね……」
静はすぐには答えなかった。
視線を落とし、少しだけ間を置く。
「父とは、もう十年くらい会ってないです」
「十年!?」
思わず零が驚く。
「ええ。海外に行ったきり、今どこで何をしているのか、分かりません」
静の声は淡々としていた。
「母は、僕が小学一年生のときに病に倒れて亡くなりました」
「……そうだったんですね」
「はい」
静はグラスに視線を落とす。
零は少し迷ったあと、尋ねた。
「ご兄弟は?一人っ子ですか?」
「兄と姉がいます」
静はそこで一度言葉を止めた。
「二人との関係については……最悪としか言いようがありません」
その声音から、普段の穏やかさがわずかに消える。
「零さんのご家族とは真逆です、会ってもほとんど話しません」
「……」
零は何も言わず、静の話を聞いた。
「家族の中で善人なのは母だけ…」
静は小さく息を吐く。
「今でもその思いは変わっていません」
「……」
零は胸が痛くなった。
自分にとって家族は、離れていても心の支えになっている。
けれど静にとっては、家族という言葉そのものが、苦い記憶と結びついているのかもしれない。
「……頼れる人はいないんですか?」
零が尋ねる。
静は少し考えた。
「頼れる人……」
そして、ふと思い出したように口にする。
「執事の羽鳥さん……、ですかね」
「執事?」
「ええ」
静の表情が、ほんの少しだけ和らいだ。
「羽鳥さんは父の代から仕えている方です」
「どんな人なんですか?」
「誰にでも優しくて、聡明で……」
静は少し微笑む。
「父より尊敬できる、そんな人です」
零は静の横顔を見る。
家族の話をしているときとは違う。
羽鳥という人物の話をする静の声には、確かな信頼が感じられた。
「……とても素敵な方なんですね」
「ええ」
静は頷いた。
静かなジャズが、二人の間を流れていった。




