20
零はメニューを眺めながら、少し迷ったあと、さくらんぼのお酒を注文した。
「チェリーブランデーを、お願いします」
「かしこまりました」
ほどなくして、グラスが零の前に置かれる。
淡い色合いの液体に、さくらんぼが一粒添えられていた。
零はグラスを手に取り、一口飲む。
「……おいしい」
思わず表情が緩む。
隣に座る静へ顔を向ける。
「斎藤さんは、このお店によく来るんですか?」
「いいえ。いつも家で飲むことが多いので、ここには初めて来ました」
「そうなんですね」
零はもう一度、グラスに口をつける。
しばらく二人の間にジャズが流れていた。
やがて、静がしずかに口を開く。
「零さん…」
「はい」
「あなたのことをもっと知りたいので……、ご家族のことなど、教えていただけませんか?」
零の手が止まった。
「家族…、ですか」
「はい」
零は少しだけ迷うように視線を落とし、ゆっくりと話し始めた。
「母は幼い頃に他界して、今はいません」
静は黙って耳を傾ける。
「父は……訳あって、今は刑務所にいます」
零はグラスを見つめた。
「弟は……警察が管理している特別収容所の中で生活しています」
「……」
静は何も言わなかった。
ただ、零の言葉を遮ることなく聞いている。
やがて、静が零に尋ねた。
「話を聞く限り、すごく大変な人生を歩んでこられたのでは?」
零は小さく頷いた。
「……はい、それなりに大変でした。だけど、父はとても優しい人ですし、弟も私を想ってくれています」
零は少しだけ微笑む。
「記憶の中にいる母も、すごく愛にあふれた人でした」
グラスを両手で包む。
「大変なこともあったけど、家族がいるから…、孤独を感じたとしてもひとりじゃないって、そう思えるんです」
その言葉を聞いた静は、しばらく何も言わなかった。
そして、少し考えるようにグラスへ視線を落とした。
「お父さんや弟さんとは……頻繁に会われている感じですか?」
「…父には、あまり会えていません」
零は少し寂しそうに微笑んだ。
「訳あって、半年に一回会えるかどうか……それでも手紙でやり取りをしているので、寂しくはないです」
「手紙…、ですか」
「はい。短い手紙ですけど、近況を伝えたり、向こうから返事をもらったりしています」
零はさくらんぼのお酒を一口飲む。
「弟さんは?」
と静。
「弟は、自由に会いに行ける施設にいるので、週に一回は必ず会いに行くようにしています」
「……週に一回」
静が呟く。
「はい。できるだけ顔を見せたいので」
零は穏やかに笑った。
「家族と過ごせる時間は限られてますから、会える時に会っておきたいんです」
静はその言葉を聞き、しばらく黙っていた。
零は複雑な家庭環境で育った。
それでも、零は家族との繋がりを大切にしている。
それが静には、少し眩しく感じられた。




