18
朝。
薄い光がカーテンの隙間から差し込み、静かな寝室を淡く照らしていた。
ベッドの上、静がゆっくりと目を開ける。
「……」
すぐそばに、月がいた。
月は静が起きたことに気づいていないのか、静の髪へ指を通しながら、優しく頭を撫でていた。
「あ!おはよう、斎藤」
「……おはようございます」
「今日は休日でしょう?」
月は小さく微笑む。
「もう少し眠って…」
静は目を細めた。
昨夜は何度も月に起こされた。
そのたびに月を落ち着かせ、ようやく眠ったと思えば、また泣き出す。
身体には疲れが残っている。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
月が静の頬へ顔を近づける。
そして、ほんの一瞬だけ唇を触れさせた。
「……」
静は何も反応しなかった。
驚きもしない。
照れもしない。
頬が赤くなることもない。
静には、昔からそれがなかった。
女性に対しても。
男性に対しても。
誰かに近づかれて心臓が高鳴ったことがない。
緊張して言葉を失ったこともない。
恥ずかしくて顔を赤くしたこともない。
周囲の人間が当たり前のように感じる感情を、自分だけが持っていない。
だから静は、ずっと思っていた。
自分には、人として大切な何かが欠けているのだと。
父親に教えられた礼儀や振る舞いを身につけ、人から見て問題のない人間を演じる。
静はずっとそうやって生きてきた。
けれど、その内側には、他人と同じような感情が存在していない。
静は隣で微笑む月を見る。
もし、自分が普通の男性だったなら、今の自分はもっと違う反応をしているだろうと静は思う。
女性に抱きしめられれば胸が高鳴り、頬を赤くして、もっと近くにいたいと思う。
そして、本能のまま月を抱きしめているのかもしれない。
そんなことを、静はぼんやりと考えていた。
月は静の頭を撫で続けている。
静はその感触を感じながら、目を閉じた。
♢
しばらくして、静は目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光に目を細め、ゆっくりと身体を起こす。
「ん……?」
隣を見る。
そこに月の姿はなかった。
静はベッドから起き上がり、寝室を出る。
リビングへ向かうと、テーブルの上に一枚の紙が置かれていた。
「?」
手に取る。
そこには、月の文字で短いメッセージが書かれていた。
『斎藤へ。添い寝してくれてありがと♡大好き♡』
その下には、もう一つ何か描かれている。
「……」
静は紙を少し傾けた。
そこに描かれていたのは、静をモデルにしたらしい男性の似顔絵だった。
髪型も、目も、輪郭も__。
大人が描いたとは思えないほど、下手くそな似顔絵だった。
「……」
静はしばらく無言で似顔絵を眺めた。
そして__。
「ふっ…」
思わず笑いが漏れた。
笑うつもりなどなかったのに、口元が緩んでしまう。
「……全然、似てない」
そう呟きながら、静はもう一度似顔絵を見る。
下手なのに、なぜか捨てる気にはならなかった。
静はその紙を丁寧に折ると、テーブルの上へ戻した。
そして、誰もいない部屋で小さく呟く。
「……元気そうでよかった」
返事をする相手はいない。
それでも静の口元には、まだ微かな笑みが残っていた。




