15
しばらくして、寝室の扉がゆっくりと開いた。
月が顔を出す。
静は先ほどと変わらず、リビングのソファに座っていた。
月は何も言わずリビングに戻り、静の隣へ腰を下ろす。
しばらく静の横顔を眺めたあと、小さな声で言った。
「眠れないから、一緒にきて…」
「……」
静は答えない。
「そのまま壊れたロボットみたいに喋らないつもり?」
「……」
やはり返事はない。
月は少しだけ頬を膨らませた。
静は黙ったまま立ち上がった。
「斎藤?どこいくの?」
静がそのまま脱衣所へ向かっていく。
月は不思議そうにその背中を見送った。
しばらくすると、静がドライヤーを手に戻ってきた。
「それで私をぶん殴って、殺すつもり?」
と笑う月。
静は答えず、月の後ろへ回る。
「なに?」
電源を入れる。
ブォン、と小さな風の音がリビングに響いた。
静は月の濡れた髪に温風を当て始める。
月は目を丸くした。
「……」
静は何も言わない。
ただ、髪を傷めないように指で優しくとかしながら、丁寧に乾かしていく。
月は次第に大人しくなった。
温かな風と、時折髪を撫でる静の指先。
さっきまでの不機嫌さも、いつの間にか消えていた。
やがてドライヤーの音が止まる。
静は月の銀色の髪に触れて確認する。
「……」
十分に乾いたことを確かめると、ドライヤーをテーブルの上に置いた。
月が静に微笑みかける。
「ありがと、斎藤」
静は何も答えない。
そのまま脱衣所へ向かっていく。
「シャワー浴びるの?」
月の問いかけに静が小さく頷く。
やがて浴室の扉が閉まり、シャワーの音が聞こえ始める。
月は一人、ソファに座ったまま待っていた。
しばらくして、浴室からシャワーの音が止まった。
やがて脱衣所の扉が開き、静が出てくる。髪は濡れたままで、寝間着に着替えていた。
静は何も言わず、リビングのソファへ腰を下ろす。
月はしばらく静の濡れた髪を見つめていた。
「……髪、乾かしてあげるわ」
静は答えず、月へドライヤーを渡した。
月が静の後ろへ回る。
ブォン、と温風が流れ始める。
月は指で静の髪を梳きながら、ゆっくりと乾かしていく。
静はされるがままになっていた。
しばらくして、月の指先が静の耳に触れる。
月はそのまま静の耳に顔を近づけ、その耳元で小さく囁いた。
「…さっきは、ごめんなさい」
ドライヤーの音に混じって、かすかな声が聞こえる。
「私が悪かったわ…」
静は目を伏せた。
「別に、あなたに謝ってほしいわけじゃありません」
月の手が止まる。
「じゃあ、どうしてほしいのよ」
静はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと月を見る。
「教えてほしいんです」
「なにを?」
「あなた自身のことです」
月の表情が固まった。
静は続ける。
「どんな人生を歩んできたのか…」
月はドライヤーを持ったまま、静を見つめる。
静の表情はいつもと変わらない。
けれど、その目には今までとは違うものがあった。
「あなたのことを、何も知らないままでは……どう接すればいいのか分かりません」
月はしばらく黙っていた。
やがてドライヤーのスイッチを切る。
静かなリビングに、二人の呼吸だけが残った。
「私のこと……そんなに知りたい?」
「はい」
「聞いたら、私たちの関係が変わってしまうかもしれないわよ」
「それは、話を聞いてみないと分かりません」
月は静を見つめる。
そして、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。
「……そう」
月はドライヤーをテーブルへ置いた。
「じゃあ、話してあげる」
その声には、いつもの軽さがなかった。




