14
しばらくして、浴室からシャワーの音が止んだ。
静がソファで待っていると、やがて脱衣所の扉が開く。
月は、あらかじめ脱衣所に用意していた寝間着に着替えていた。白いフリルのついた柔らかな部屋着が、風呂上がりの身体を包んでいる。銀色の長い髪はまだ少し濡れており、毛先から小さな雫が落ちていた。
月は洗面台で歯磨きを済ませたらしく、口元を軽く拭う。
そして、そのままリビングへ戻ってきた。
「……」
静は月を見る。
「なに?」
「いえ…」
静は視線を逸らした。
月はそんな静を不思議そうに見つめながら、白いソファへ腰を下ろし静の隣にすわった。
「眠くなってきたわ」
「そうですか」
「ええ」
月は背もたれに身体を預け、静かに目を閉じた。
先ほどまでやけ酒を飲んでいたとは思えないほど、表情は穏やかだった。
しばらくして、月はソファに身体を預けたまま、突然ため息をついた。
「あ~、ダメ……」
静が月を見る。
「なにがダメなんです?」
「今日から新しいマネージャーに変わったの」
「新しいマネージャー?」
「ええ。西田幸太郎っていう男性マネージャーなんだけど」
月は少しだけ眉を寄せる。
「黒髪で、黒縁メガネ、背が高くてスタイルもいい。外見は私好みの男性なの…」
「そうですか」
静は特に興味がなさそうに返した。
月はそんな静を横目に見る。
「見た目はすごくいい男だけど……」
「なんですか?」
「仕事ができないポンコツなのよ」
「……」
静は少しだけ目を細めた。
「ポンコツ?」
「ええ」
月は即答する。
「見た目通りなら、別に気にならないのよ。いかにも仕事ができなさそうな人なら、最初から期待しないでしょう?」
月は腕を組む。
「でも、西田は違うの」
「どう違うんです?」
「何でもできそうな顔をしてるのに、何一つできてないのよ…」
月は心底うんざりしたように天井を見上げた。
「それがほんとにイライラするの…」
静はしばらく月を見つめたあと、小さく息を吐いた。
「……大変ですね」
「他人事みたいに言わないで」
「他人事ですから」
「……」
月は静を睨む。
静はいつもの無表情のままだった。
「斎藤」
「はい」
月はソファに座ったまま、少し不満そうに静を見る。
「西田を思い出すから、敬語で話すのやめて」
「……」
静は少し考えてから答える。
「できません」
「どうして?」
「幼い頃から、年齢に関係なく敬語で話すよう父に教育されてきたので」
「そんなの関係ないわ!」
月は即座に言い返した。
静は月を見つめる。
「……なら、あなたとは話しません」
「嫌よ、ちゃんと話して」
「……」
「話してよ…」
「……」
「話せって言ってんの!!」
「……」
月の表情がかたまった。
静もそれ以上は何も言わない。
しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。
月は静の顔を見つめていたが、やがて何も言わずに立ち上がった。
そのまま寝室へ向かって歩いていく。
「……」
静は黙ってその背中を見送る。
寝室の前まで行った月は、一度だけ振り返った。
しかし、何も言わなかった。
そのまま扉を開け、部屋へ入る。
バタン!
大きな音を立てて、扉が閉じられた。
リビングに一人残された静は、閉じた寝室の扉をしばらく見つめていた。




