13
水族館で斎藤静が朝日零と再会する前日の、午後7時。
警察署で仕事を終えた静は、自宅である一軒家へと帰った。
自宅の玄関の扉を開けると、静まり返った部屋が出迎える。
「……ただいま」
返事が返ってくるはずもない独り言だった。
静は上着を脱ぎ、ハンガーへ掛ける。ネクタイを外し、腕時計をテーブルの上へ置いた。
明日は休日。
どこへも行かず、一日中、眠るのも悪くない。
そう思いながらキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
簡単に食べられるものを取り出し、軽く夕食を済ませる。食欲があるわけではなかった。ただ、何も食べずに眠るのもどうかと思っただけだった。
食器を片付けると、静は窓を少し開けた。
煙草を一本取り出し、火をつける。
静かな部屋に、煙草の煙がゆっくりと漂っていく。
静は窓辺に立ち、夜の街を眺めながら煙を吐き出した。
仕事のことを考える。
今日も事件の対応に追われた。
明日は休み。
だからといって、特に予定はない。
「……」
ピンポーン。
突然インターホンが鳴った。
「?」
静は立ち上がり、玄関へ向かう。
扉を開けると、そこに一人の女性が立っていた。
銀色の長い髪、白いワンピースを身にまとった、二十二歳の女性。
どこか現実離れした雰囲気を漂わせる美人だった。
ホラー作家・鏡崎一雄。
それは彼女が使用しているペンネームだった。
本名は、清水月。
月と静は知り合って3か月経つ、友人とも恋人とも呼べない奇妙な間柄だった。
「こんばんわ、斎藤。一週間ぶりね」
月はそう言って微笑む。
静は何も答えなかった。
ただ、無言のまま月を見る。
月も特に気にした様子はなく、静かに玄関の中へ入っていった。
二人はそのままリビングへ向かう。
月は白いソファに腰を下ろすと、部屋を見回した。
「斎藤、お酒ある?」
静は答えず、キッチンへ向かった。
冷蔵庫を開ける。
中から缶ビールを一本取り出し、月の前へ戻る。
「どうぞ」
「ありがとう」
月は缶を受け取る。
プシュッ。
小さな音を立ててプルタブを開けると、そのまま缶を口元へ運んだ。
ごく、ごく、と喉を鳴らしながら飲み進める。
そして__。
「……ふう」
短い時間で、缶を空にした。
月は空になった缶をテーブルへ置く。
「斎藤、もう一本ちょうだい」
静は月を見つめた。
しかし、月は何も言わない。
「……」
静は何も言わずに再びキッチンへ向かった。
そのまま、冷蔵庫からビールを取り出し月に手渡す、受け取る月。
月が二本目の缶ビールを飲み終えると、叩きつけるように空き缶をテーブルへ置いた。
「まだ足りないわ……」
静はそんな月の様子をしばらく見ていた。
普段なら、もう少しなにか話すはずだった、それなのに今日は、妙に口数が少ない。
静はキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
最後の一本を取り出し、月へ差し出した。
「なにか、嫌なことでも?」
月は缶ビールを受け取りながら、静を見る。
「別に……なにもないわ」
プルタブを開ける。
そして、また一気に飲み干した。
空になった缶をテーブルへ置く。
「まだある?」
「もうありません」
「あっそ…」
月はそれだけ言うと、ソファから立ち上がった。
「シャワー浴びてくる」
「はい」
月はそのまま浴室へ向かっていった。
しばらくして、浴室の扉が閉まる音がする。
静は一人、リビングに残された。
「……」
静自身、月が何かを抱えていることは、なんとなく分かっていた。
けれど、本人が話したくないのなら、無理に聞くつもりもない。
静はソファに腰を下ろし、浴室から聞こえてくるシャワーの音をぼんやりと聞いていた。




