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猫系男子と名探偵  作者: ひだまり
水族館
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12/39

12

 夜の水族館を出ると、二人を包んでいた青い光が背後へ遠ざかっていった。外はすっかり雨も上がり、濡れた歩道が街灯を反射して淡く輝いている。夜風が吹き抜け、零の黒髪を静かに揺らした。


 しばらく並んで歩いていた静が、横断歩道の前でふと足を止める。

 そして、それまでつないでいた零の手を離した。


「では、また」


 静はそう言うと、反対方向へそのまま歩き出す。


「斎藤さん……!」


 零の声が背中に飛んだ。

 静が振り返る。


「なんですか?」


 零は少し迷ったあと、思い切ったように口を開いた。


「あなたは……、誰にでも気のあるふりをする、そんな人なんですか?」


「気のあるふり?」


 静は本当に意味が分からないという顔をする。


「さっきだって…」


 零は震える声で言葉を口に出す。


「人魚の衣装の子に綺麗だって、そう言ってたじゃないですか」


「ああ、そのことですか」


 静は納得したように頷く。

 そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 そして、淡々と答える。


「ただ、思ったことを言っただけですよ」


「……」


 零は何も言えなくなった。

 静にとっては、本当にそれだけなのだろう。

 相手を喜ばせようとしたわけでも、特別な意味を込めたわけでもない。ただ、自分がそう思ったから口にした。

 そのあまりにも素直な答えに、零は返す言葉を失った。


 静はそんな零を見て、ゆっくりと距離をつめていく。

 そのまま静は零を抱きしめた。


「……っ!?」


 零の身体が固まる。

 突然のことに、頭が真っ白になった。

 静の腕が背中に回っている。


 近い。

 なぜ。

 どうして。

 心臓が激しく鳴り始める。

 零は戸惑いながらも、静の声に耳をかたむける。


「こういうのも、気のあるフリなんですか?」


「……」


「教えてください」


「……そうです!どう考えたってそうでしょう?どうしてわからないんですか!」


 零は顔を赤らめながらも、呼吸をととのえる。


「なるほど…」

 そう言って静がゆっくりと零から離れる。


 零は残された温もりを意識してしまい、余計に顔が熱くなった。


「零さん、あなたの連絡先を教えてください」


「……え?」


「連絡先です」


「…理由は、なんですか?」


 零が警戒するように尋ねる。

 静は少し考えたあと、答えた。


「友人として、また会いたいので」


「……」


 友人。

 その言葉に、零は少しだけ複雑な気持ちになった。

 けれど。

 また会いたい。

 静がそう言ってくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。


「……分かりました」


 零は携帯の電話番号が書かれた名刺をコートのポケットから取り出し、静に手渡す。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 零は表面上こそ、しかたなく教えたような顔をしていた。

 しかし内心では、嬉しくて仕方がなかった。


「僕の番号も登録してください」


 静が自分の連絡先を零へ教える。

 零はスマホの画面に表示された名前を、しばらく見つめていた。


 __斎藤静。


 目の前にいる男性の名前。

 たったそれだけなのに、胸の奥が熱くなる。


「では、また」


 静はそう言うと、軽く手を上げた。


「……はい。また」


 零が答える。

 静はそのまま背を向け、夜の街へ歩いていった。

 零はしばらく、その背中を見送っていた。


 やがて静の姿が見えなくなってから、自分のスマートフォンを見る。

 登録された連絡先に斎藤静の名前。


 零は赤くなった頬を片手で押さえながら、静の連絡先が表示されたスマートフォンをそっと胸元へ抱きしめるのだった。



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