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静は零の手を引いたまま、館内を歩いていた。
しかし、特に目的地を決めている様子はない。
「斎藤さん、どこへ向かっているんですか?」
「分かりません」
「わからないって…」
零は思わず苦笑した。
静は興味を引かれた方向へ気ままに進んでいるだけらしい。やがて二人は階段を下り、気がつけば水族館の地下へとたどり着いていた。
「……あれ?」
零が周囲を見回す。
一般の来館者がいる気配はなく、照明も少ない。壁には関係者以外の立ち入りを禁じる表示が出ている。
「斎藤さん。ここ…立入禁止の場所じゃ…」
そう言って零が看板を指差す。
静もようやく周囲を確認した。
「間違えました」
「はぁ……」
「戻りましょう」
静が踵を返した、そのときだった。
――ガタン。
奥の部屋から、何かが動く音が聞こえた。
二人の足が止まる。
零が静を見る。
「……今、音しましたよね?」
「しました」
静は少し考えた。
そして、興味を引かれたように音のした方向へ歩き始める。
「ちょっと、斎藤さん!」
零も慌てて後を追った。
廊下の奥には、一つの扉があった。そこから微かに人の気配がする。
静が扉の隙間から中を覗く。
「……?」
零も静の横から部屋の中を確認した。
そこにいたのは、一人の女性だった。
二十代ほどに見える金髪の女性で、いわゆるギャル系の派手な雰囲気をしている。巨大水槽で行われるイベントのためなのか、人魚をイメージしたコスチュームを身につけ、鏡の前で衣装を整えていた。
「……ここってスタッフルームじゃ…」
零が思わず呟く。
女性が二人の気配に気づき、振り返った。
「誰!?」
静と零も、思わず固まる。
女性は二人の姿を見ると、驚いたように目を丸くした。しかし、すぐに表情を戻すと、人懐っこい笑みを浮かべた。
「あなた達、お客さん?ここ、スタッフルームなんだけど…」
零は人魚衣装の女性に頭を深く下げた。
「ごめんなさい!すぐ上に戻ります。行きましょう、斎藤さん」
そう言って零が静の方を見る。
静は女性の方をじっと見ていた。
女性は頬をほんのり赤く染め、静に声をかける。
「茶髪のお兄さんなら入っていいよ」
「はい???」
と零が眉間にしわをよせる。
女性は零の視線を気にすることなく、静に歩みよる。
「お兄さん、雰囲気いいし~、連絡先、聞いちゃおっかな~?」
「……」
零の眉がわずかに動いた。
「ちょっと……」
思わず口を挟みかける。
しかし静は特に気にする様子もなく、女性をじっと見つめた。
人魚の衣装の鱗部分が虹色にキラキラとひかって見える。
「その衣装…」
「綺麗でしょ?この鱗、偽物だけどよくできてる」
「……」
静は少し考えるように沈黙する。
そして、ふと微笑んだ。
「衣装は偽物でも、あなたは本物の人魚みたいに綺麗ですね」
「えっ……」
女性の表情が固まった。
みるみるうちに顔が赤くなり、女性は照れたように俯く。
「そ、そういうこと言う人なんだ……」
零はその様子を見て、呆れたように静を見る。
「斎藤さん……」
「はい?」
「あなた、女性の扱いが上手いですね」
「そうですか?」
「……」
零は小さくため息をついた。
静は女性へ軽く頭を下げる。
「失礼しました。立入禁止なら戻ります」
「あ、うん……」
女性はまだ少し顔を赤くしたまま頷いた。
静は零の手を取ると、来た道を戻り始める。
二人は階段を上っていく。
零は歩きながら、隣の静をちらりと見る。
「……」
「どうしました?」
「なんでもありません」
零は前を向いた。
その表情には少しだけ不満そうな色が残っていた。
静はそんな零の様子に気づかないまま、何事もなかったように一階へ向かって歩いていった。




