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猫系男子と名探偵  作者: ひだまり
水族館
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10/39

10

「お客様、すみません」


 静かな声が聞こえた。

 零が振り返ると、そこには若い男性職員が立っていた。困ったような、それでいて少し面白がっているような表情で、ハート形のソファーで眠っている静を見ている。


「……ん」


 静がゆっくりと目を開けた。


「ここで寝た人は、あなたが初めてですよ」


 職員は苦笑しながら声をかける。

 その言葉を聞いた零は面白おかしく、思わず口元を押さえた。


 一方、先ほど静に声をかけようとしていた女子二人は、いつの間にか少し離れた場所へ戻っている。こちらをちらちらと振り返りながら、何事もなかったかのように水槽を眺めていた。

 静は周囲を見回し、自分が眠っていたことを理解したようだった。


「……すみませんでした」

 静は職員へ軽く頭を下げる。


「いえいえ。疲れていたんでしょうね」


「はい。昨日の夜、夜泣きがひどくて…」


 静はもう一度だけ頭を下げると、ソファーから立ち上がった。

 職員が離れたのを確認し、零が話し始める。


「夜泣きって…、斎藤さん、お子さんいるんですか?」

 と複雑な気持ちでたずねる零。


「いいえ、子供はいませんし、結婚もしていません」


「じゃあ、隣人の子供の泣き声ですか…?」


「ちがいます」


「わかりました、親戚の子供の面倒をみていたんですね」


「それも、ちがいます」

と静が首を横に振る。


 零があごに手を当て考えるも、答えが出てこない。


「だとすれば、一体なんなんです?」


「あなたには関係のないことなので…、もう行きましょう」

 と、静が何の前触れもなく、零の手を取った。


「……え?」


 零の身体が固まる。

 静は何も言わず、そのまま歩き始めた。


「ちょ、ちょっと……斎藤さん?」


 返事はない。

 ただ静は、零の手をつないだまま、巨大な水槽の前を離れていく。


 零は自分の手を見る。

 つながれた手。

 その事実を意識した途端、胸が大きく跳ねた。


「……っ」


 顔が熱くなる。

 周囲の人に見られているような気がして、零は落ち着かなくなった。


「斎藤さん……」


「はい?」


「その……手……」


「嫌でしたか?」


 静が振り返る。

 零は言葉に詰まった。

 嫌というわけではない。

 ただ、心臓がうるさすぎる。


「……いえ」


 零は小さな声で答えた。

 静はそれを聞くと、何事もなかったように前を向いた。

 二人はそのまま館内を歩いていく。


 青い光に包まれた通路を進みながら、零は隣を歩く静をちらりと見た。

 静はいつもと変わらない表情をしている。

 一方、零は__。

 つながれた手を意識するたび、胸の鼓動が速くなっていくのだった。




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