第四話 ターンテーブルの向こう
気が付けば、飛行機は日本海に達していた。
モナコでの打ち合わせは、初日のリビングを除いて、あと二日続いた。信託・財団の構造の説明、国別の論点の洗い出し、初期確認用フォルダの中身の駆け足の確認。
三日目の午前にエヴァが「持ち帰っていただく分はここまでで」と切り上げ、午後のフライトで成田に向かうことになった。
エヴァは、ホテルの屋上まで見送りに来た。玄関ではなく、屋上。
ホテルの屋上に設置されたヘリポートには、エヴァが手配していたであろうヘリが鎮座し、私は言われるがままにそれに乗り込んだ。
青い顔をしてシートベルトを締めた私に、彼女は「お気をつけて」と一度だけ言った。彼女の唇の動きで後に続く言葉があったことはわかったが、その時には扉は閉まり、ヘリのプロペラの音で聴き取れなくなっていた。
それからニース空港に着くまで、エヴァの「お気をつけて」の意味におびえ続けた。
ニース空港からアムステルダムで乗り継いだ所で、意識は途絶えた。
折角のビジネスクラスだったが、すでに日本海ということもあり、食事はなかった。飲み物だけをいただき、隣にノートを広げた。
少し離れた隣席のビジネスマン風の男は、機内販売のカタログを目にしている。それを目にして初めて、お土産の存在に気づいた。
仕方がない。成田で何か見繕うことにしよう。
ノートに視線を落とす。
フォルダ階層の話は、エヴァが私のタブレットに、初期確認用の範囲だけを切り出して入れてくれていた。あの場で見た全体の枝の数を、私は機内では思い出さないようにしていた。思い出して、ノートに書きだせるものでもない。
代わりに、私の側で動かさなければいけないことを、書き連ねていく。
最初に、人選。
信託の構造に強い人。各国税法の論点が立ち上がった時に動ける人。財団まわりの寄付・公益法人法に強い人。私の事務所のキャパシティの話を、ヴァルガスは「ナオが決めてください」で済ませた。
決めるためには、決められるだけの候補が必要だった。父の代から付き合いのある事務所、大学院時代の同期、税務雑誌の連載で一度だけ顔を合わせた人、独立系で何度か共同案件を回した事務所。頭の中で名前を並べてみる。三人、五人、七人と増やしていって、十人を超えたあたりでペンを止めた。
なんて言えばいいのだろう。
次に、書面。
代理権限の様式案がエヴァから送られてくる予定だ。受け取り次第、こちらで修正案を出す。
それから、行政照会の経路をどう運用するか、向こうの内部運用と私の側の受け入れ運用を、書面の上で擦り合わせる。原資料の確認経路も、運用に落とすところまで見届ける必要があった。
次に、既存のクライアント。
継続中の案件は、相続税の申告継続が一件、海外居住者の譲渡所得が二件、決算期に向けた確認が一件。
あかりに任せられる範囲はあかりに任せ、私が直接回さなければいけない案件は、多少時間が押しても私が回す。決算がこれにあたるが、件数は少ない。二月でなくてよかったと、心底思う。
新規の案件は、当面はお断りするしかない。相手も無く頭を下げ、ノートに書き足した。
ノートの右下に、『事務所』、と書いた。
節子さんとあかり、私を入れて三人。事務員と助手と弁護士一人。今までの仕事は、それで回ってきた。でも、ひょっとすると、今回も行けるかも。
そんな楽観が頭に浮かんだ。
節子さんとあかりに、どこから話すか。
節子さんに「外部の人を入れることになります」と私が言うと、節子さんはたぶん、「あら、まあ」と一度言って、それから「お任せください、先生」と返してくる。
節子さんは、外の事務所の人との連携には、慣れているはずだ。父の代にも似たようなことがあった。父が顧問を務めていた企業が、国から外為法違反を疑われた時だ。
あの時の父は「昨日の友は、今日の敵~」、と揶揄していたのを記憶している。ちょうど財務省を辞め、一年か二年、そんな時期だったと思う。
あの案件は、修正申告で痛み分けになった。
あかりは、おそらく嫌がるだろう。
あの子は明るく社交的だが、実は人見知りだ。だからこそ同族の私を慕ってくれるのかもしれないが、これから独り立ちするにあたって、少しは慣れてほしいと思う。
この話題は、本人に一度だけしたことがある。その時は「この事務所に永久就職しまーす」と明るく答えていた。私は嬉しくて、次の言葉を出せなかった。
ふたりに、どこまで話すか……帰ってから考えよう。
『要件等』
そう、ノートの隅に書きつけた。
書きつけてから、父はこういう時、節子さんに何を、どこまで話していたのだろう、とふと思った。たぶん、父は父で、節子さんに余計な負担をかけないために、説明を絞っていた。そういった、一人前になるための様々なことを、父から学びたかった。
◇ ◇ ◇
成田に到着したのは、日本時間で昼前だった。
梅雨明け前後の蒸した空気が、ボーディングブリッジの継ぎ目から入り込んでいた。冷房の効いた機内から一歩出た瞬間に、湿った空気が首筋に乗ってきた。モナコの乾いた暑さとは、まるで別物だった。
到着ゲートから入国審査までの長い通路を歩いた。
通路には、帰国便の人だかりがあった。前を行く四人家族が、子供の歩幅に合わせて速度を落としていた。お父さんが大きいスーツケースを二つ並べて押している。お母さんがリュックを背負った下の子の手を引き、上の子は自分の小さなキャリーケースを真面目に転がしていた。
その横を、ビジネスマンらしいスーツの男性が、ラップトップ鞄を小脇に。早足に追い越していった。電話を耳に当てている。できるサラリーマンを絵にかいたような人で、大荷物の私とは対照的だった。
動く歩道に乗ろうかと一瞬迷い、結局乗らずに歩いた。動く歩道に乗った人々が、私の横を追い越していった。
通路の後半に入ると、訪日客の集団が増えた。家族で並んでいるグループ、若い友達同士のグループ。立ち止まって天井の案内を見上げている人。
富士山の写真に『Welcome to Japan』と書かれた看板の前で、若い女性のグループは写真を撮っていた。
入国審査の自動ゲートでパスポートを広げて置き、カメラに顔を向けた。黒いカメラのプレートには、疲れ切った自分の顔がうっすらと浮かんでいた。
荷物受け取りのエリアに出た。
ターンテーブルは、まだ動いていなかった。
私は少し離れた位置に立って、待った。便名を表示する画面の下、同じ便の客が、入り込むすきのない絶妙な間隔を取って並んでいる。優先で降りたはずだが、仕方がない。
隣のターンテーブルが先に動き出して、そちらの客たちの動きが少し賑やかになった。私のほうのベルトは、まだ静かだった。
到着ロビーに出たら、一度フロアを移動してお土産を買おう。節子さんはお茶で、あかりには何がいいだろうか。
そんなことを考えていると、ベルトが動き出し、荷物がぱらぱらと出始めた。
赤いタグをつけた荷物が先に流れていく。しばらくしてその一つを視界にとらえ、一歩踏み出そうとしたときに、目の前をふさがれた。
黒いスーツに身を包んだ男だった。
一人ではなく、四人。
ベルトの周りを取り巻く客の中で、その四人だけが、異質な雰囲気を醸し出していた。
「麻生奈緒さん、ですね? お時間をいただけますか」
一人が、有無を言わせぬ声色でそう告げた。
引き取り手のいないスーツケースが、ターンテーブルの奥に吸い込まれていった。




