犬は好きですが、猫には勝てません
卑怯であることが悪いわけではない。
納得ができない、それだけだ。
納得できないことが悪いわけではない。
それが人、ただそれだけのこと。
全ては『イコール』で繋がっている。
向き合うクミとアルフェを挟むその距離は、ざっと見て十メートルぐらいだろうか。拳銃でも持っていれば適正の距離だ。
ただ、二人の手にあるのは、アーリーコアを操作する端末である。それによる、攻撃の種類は未知数だ。そんな中で、先に動き出したのはクミの方だった。
「来て、ドッグスカウト!」
クミは、二体の犬を召喚した。その体に、刃物や銃口が取り付けられた、まさしく狂気的な風防。正式名称は、『アニマル・セクター』と呼ばれ、クミの所属するするβグループで普及している戦闘用模擬生命体だ。
「行って!」
クミのドッグはそれぞれ左右に展開し、アルフェを囲い込むようにして襲いかかった。
確実に相手の視界外から攻撃できる、精錬された良い動きだ。だが、所詮は小手調べ。アルフェもまたこの程度の攻撃で怯むほどの器ではない。
「バトルベース、起動」
「……っ!? 下がって!」
ドッグが後ろへ飛び退いた直後、アルフェの周囲に糸が張り巡らされた結界が展開された。また、その手にはナイフも握られている。このまま攻撃していれば、ドッグは捕まり切り刻まれ破壊されていたかもしれない。
「感がいいですね。経験から為せる技でしょうか」
「そっちこそ、どこ産の型かしら。初めて見るのだけど」
「……黒猫印の特注型です」
「え」
「それと、戦闘終了です」
「は?」
クミは目を疑った。回避させたはずのドッグは、糸が絡まっており動かせないのだ。それだけではない、アーリーコアを操作する自身の体までもが、その自由を奪われていた。
体を固定する糸は、意識しなければ見えない特殊な糸であった。肝心の意識は、アルフェを取り囲む目立つ糸に吸い込まれていた。
「嘘でしょ……」
慢心していたつもりはなかったが、こうも簡単に負かされてしまうのか。何より、アルフェは一切の攻撃をしていない。捕縛ばかりで手の内が明かす気がないのだ。
おかげで、未だ実力の底を見通せずにいた。むしろ人ならぬ、化け物を相手にしている錯覚をすら覚える。
そういえば、この地域の荒廃具合に比べ、犯罪係数は少ないといった噂を耳にした事がある。思うに、犯罪への抑止力となる存在がいるのではないだろうか。
だとすれば、その抑止力の正体は彼だ。これ程の実力者が、噂程度にしか認知されていない事実に、クミは再び寒気を覚えた。
「さて、観念しましたか?」
「流石に打つ手なしよ。それで、私のことどうするつもりかしら」
「じゃあ、落とし前として……」
クミは、息を呑んだ。だが、どうしてだろうか。この状況に既視感がある。
「実は昼食を食べそこねてまして。良かったらでいいんで、奢ってくれませんか?」
「…………」
緊張した自分が、馬鹿だったと思わされる。思い返せば、昨夜のやり取りでも簡単な要求しかしてこなかった。
なんと言うか、食えない奴だ。
=☆☆=☆☆=☆☆=
呆気ない戦闘の後、クミとアルフェは並んで町を歩いていた。行きたい店があると言われ、案内されているところだ。
それにしても、スラムにいる間は気に留めなかったが、都内に入ったことで、アルフェの薄汚れた容姿が際立って見えた。
衣服は破け、髪に艶がない。その人物が子供であることも相まって、道行く人々に哀れみの表情を浮かばせた。
ごもっともな反応だと、クミは思う。鏡はないが、自分も同じ表情を浮かばせているのではないかと心配になるほどだ。
ただ、彼に境遇を知っている身としては、当然だとも言える。優れた力を有しておきながら、あんな劣悪な環境に甘んじている理由が、クミにはわからなかった。
「アルフェは、家で一人なの?」
「家族はいません。友達は遊びに来るけど、それぐらい」
「寂しくならないの?」
「そうかもしれません。でも、わかりません」
「そう」
不思議な言い回しだ。これでは寂しいとも、そうでないとも捉えられる。あるいは、どうこう思う感情が、欠落しているのかもしれない。
かく言うクミはどうだろうか。親と離れて暮らしてるという意味では、アルフェと似たところはある。しかし、孤児院での暮らしに慣れてしまった反面、寂しいだなんて思えない。
そういう意味では、愛が欠落しているのはクミの方なのだろうか。なんとなくだが、その差が悔しく思えた。
「スラム街って、思いの外楽しい場所だったりする?」
「まさか、最低限の生活もできやしない。だから、楽しくはないと思う」
「じゃあ、引っ越しちゃえばいいじゃん。それ程の力があれば、まともな環境で生きるのも容易でしょう?」
「まさか、世間は許してはくれませんよ」
「そう。聞いてて悲しくなるわ、こんな子供が」
「それは、人のことを言えないのでは?」
「アルフェは今の生き方を誇れるの? もちろん、私は誇りを持って生きてるから」
「…………」
返答が帰ってこない。口を紡ぎ、どこか遠くを見ていた。これ以上聞くのは野暮だと思い、話題を変えることにした。
「そういえば。これから行く店って、どういうところなのかしら」
「馴染みのラーメン屋です。この近くにある商店街にあるのですが……あ、あれです」
アルフェは指を指してみせた。確かに、そこにはラーメン屋がある。ただ、見覚えのある店だ。中に入った覚えはないが、妙に印象深い。
『今度はラーメン屋の店主か。世の中わからないものだなー』
その瞬間、クミの脳裏に嫌な予感が過った。
「ちょっと、待ってアル……」
「ごめんくださーい」
「あぁ」
戸を開ける姿は意気揚々としていたが、その先に広がる光景を目にしたことで、凍りついた。
テーブルや椅子は力尽き、食べかけのラーメンが床に流れている。そんな店内にポツリと座り込む老人は、ここの店主だろうか。まるで我が子を失った親のように、力なく俯いていた。
「店主……」
「おやおや、アル君じゃないか。すまんな、散らかったままで」
こちらの存在に気付いた店主は、笑みを浮かべた。相手を心配させないようにするための、精一杯の笑顔だ。
「どうしたんですか、この有り様は」
「なに、今までのツケを払わされただけよ。ついにバレちまったんだ」
「そう、ですか……」
「ここに来たってことは、ウチのラーメン、食いに来たんだろ。そっちの嬢ちゃんも上がりな。あと数人分なら作ってやれるからさ」
そう言うと、店主は準備を始めた。その間、アルフェとクミは机や椅子を直して座った。
坦々と調理する音だけが狭い店内に響く。静かだが、クミは無性に耳を塞ぎたくなった。このように、言葉のない静寂は怒られてる時のようで苦手だからだ。それでも、息が詰まるせいで言葉が出せない。
それもこれも今この場の惨状が、身内が働いた結果だと知っているせいだ。あるいは、タイミングが悪かった。
何故こんなことになってるのかと考えれば、全て昨晩の出会いが始まりだ。
あれからずっと、アルフェに感情を振り回されっぱなしだ。
本当はもっと温存しておきたかったですが、満を持して投稿いたします。
ただ、忙しく投稿が滞るかもしれません。でも、進学を目指すからには……




