その戦い、コングは腹の音
腹が減っては戦はできぬ。誰かがそう言ったらしい。
アルフェは思った。
なんて、贅沢な人なんだろう。
日差しが少しずつ顔にかかってきたところで、アルフェは目を覚ました。時刻は昼過ぎころ。天にまで登った太陽が傾き始めたようで、ちょうど目の前の窓から光が差し込んできたのだ。
「寝過ごした。寝過ごしたみたいだ」
少しだけ文面を変えながも、同じことを繰り返し言う。その日の出来事をより鮮明に覚えるための工夫だ。変な癖だとは薄々自覚しているが、直されることはないだろう。
それを気にする人間はこの場におらず、指摘してくれる者もいない、家族がいないのだ。彼は、孤独だ。
「さて、飯でも食うか」
こんな孤高の少年でも、悠々と生きていられる良い時代になったものだ。
7年前、アーリーコアが世情に突如台頭した。
何でも、アーリーコアが生み出すエネルギーは、あらゆる現象や物体を作り出すことができる。
作り出すと言っても、所詮はホログラムだ。光の粒子が見せる偽物にすぎない。
しかし、アーリーコアの実力は、予想の範疇を超えてくる。
例えば火。アーリーコアによって実物にも劣らない熱をや、光がもたらされた。さらに、肌に触れても火傷しないよう、そういった機能は削除できる。人が意識するままに操れるのだ。
再現できるもの火だけに留まらず、文字通り何でも再現してしまった。無論、そのまま電力に変わるエネルギーとしても活用されている。
まさしく万能エネルギー。それを生み出すアーリーコアこそ、人類の最高傑作なのだ。
「…………腐ってる。これ、冷蔵庫の電源切れてるな」
少し誇張しすぎたようだ。
実のところ、アーリーコアは万能ではない。流石にまだ、永久電池と呼べる域にまで、達することはできていないのが現状だ。
年月が経てば、当然古くなるし質も落ちる。そんな中古品が、ここスラム街で流通していた。それを利用するスラムの住人であるなら、こうして冷蔵庫が機能不全を起こすなんて日常茶飯事だ。
アルフェは冷蔵を庫広い場所に移し、バラし始める。こういった作業も、アーリーコアがあれば余裕だ。工具を生成し意のままに操る様は、まるで魔法使いのようだった。実際昔はこれを魔法だと呼ばれ、もてはやされていたものだ。
「あー、やっぱり止まってる。また買う羽目になるのか。それより先に、ご飯もないのかー」
内部には、ある丸い部品が取り付けられていた。これこそが、アーリーコアと呼ばれる代物だ。だがこれは、ヒビが入り冷たくなっていた。
こうなってしまえば、誰にも直すことはできやしない。
「どうしよ、まずはご飯か。ご飯優先。それから考えよう。修理は後。腹が減って頭が回らん」
変な口癖はあるが、普段からこんな言語体系ではない。単にエネルギー切れなのだろう。こういう時、日常を生きる活力さえも、アーリーコアによって補えたらと思う。
結局は人である限り、苦労は絶えないものだ。
腹を減らしたアルフェは、食料を求めてビルを降りていった。その間、乗り込んだエレベーターは静かで落ち着く。
昨日やって来た訪問者には悪いが、必要に応じて電力は供給できる。もちろんアーリーコアによるものだが、操作はアルフェにしかできない。
もしかすると、悪いことをしたのかもしれないと軽く後悔する。
エレベーターを降りてからは、なぜ後悔してるのかを疑問に思う。あくまで彼らは、侵入者なのだ。やはり腹が減っているせいで思考がままならない。
「流石に配給は終わってるだろうし、飯は都会までいかないとだめだよな」
遠い道を歩く他ないようだ。もっと早い移動手段こそあるが、今の状態じゃ事故を起こしかねなないだろう。それに、過去に敷かれた道路も今や廃れて、これまたヒビ割れている。
本音は今すぐにでもご飯にありつきたい。まあ、限りなく安全な歩行手段も、今は使えそうにない。
眠気が抜け切らなかった眼に突如光が灯る。それは、何もない空間へと向けられた。
「出てきてください。即席の迷彩とはいえバレバレですよ」
「……はいはい」
誰もいなかった場所から声が発せられる。直後、空間が歪み少女は姿を表した。ポケットに手を突っ込み、口角を上げて微笑んでいる。見つかったというのに楽しそうだ。
「クミでしたっけ?」
「ふーん、名前覚えてたんだ」
「記憶力はいいほうなので」
「羨ましい」
昨日、アルフェの住み着くビルに侵入してきた一人に、こんな顔がいたはずだ。それも、人質としてその身柄が囚われたことで、仲間にその名を叫ばれてたのが印象深い。
「何の用ですか。偵察の任についてるなら、こんな雑な隠れ方するはずありませんし。さては、独断で動いてますね?」
「もう、うるさい。仕事柄、バレただ捕まっただなんてこと言われるの凄く気に障るから」
「図星ですね。わざわざ、何のようでここまで?」
お互い、表情にキレが見え始めた。もし、獲物を見つめる猛獣がいたら、このような目をしているのだろうか。
そんな子供が二人、廃れたスラムの中心に佇む。その光景は異様で、それでいて近寄り難い空気が漂っていた。
「君の正体、暴きに来た」
「嫌だよ」
「気になるから、素直に暴かれて」
「抵抗するよ?」
「拷問します」
「君が?」
「私が」
「人質の分際で?」
「二回。もうこれ以上、言わせないよ」
「…………」
アルフェは構えた。その手に武器はないが、代わりにモニターが掲げられている。アーリーコアを操作するための端末だ。
クミもまた、腰を低くし戦闘態勢に入る。実のところ、ポケットに手を入れたままだ。恐らくその中に隠れて、アルフェと同じようにアーリーコアを操作しているのだろう。
一体、どのような戦闘が繰り広げられるのだうか。
例えば火。光と熱をいとも簡単に再現できる。そして、肌に触れても火傷しないよう、そういった機能を削除できる。
表を返せば、触れただけで物体を一瞬の内に灰にもできる。まとわりついて、対象を溺れさせる事だってできる。
つまり何でもできる。
何が来てもいいよう緊張感を持って二人は構えた。その間に、戦いの火蓋を落とす不思議な音が鳴り響いた。
獣のような、ただ確実にアルフェの腹の中から響いた音だ。
「……腹減ったな」
「なんで?」
何でもできる者同士、唯一の弱点は脆弱な人間が本体である、この一点に尽きる。
腹が減れども戦は減らぬ。そんな世の中。
クミは思う。
人は、満たされない生き物だと。




