好奇心溢れる、彼女はクミ
歪んだ心をお持ちですか。
それを、誇りに思っていますか。
私の叫びを、共感してくれますか。
日が昇る、だが朝はとうの昔に過ぎている。日が昇りきる頃、つまり昼頃。クミは一人ベットから出て、あくびをした。
リビングに出ると、そこには椅子に座りパソコンをいじる大柄なな男性がいる、通称グリム中隊長だ。あるいは、孤児院「ブドウ園」の館長であり、私達の育て親と言える。また、彼の持つ腕っぷしは、見てわかるほどにたくましく、子供達みんなの憧れの的だ。
「おはようございます」
「クミか、おはよう。飯はそこにあるから適当に食ってけ」
そう言い、グリムはラップのかかったサンドイッチを差し出してくれた。普段ならば朝食をかけて軽く戦争が起こるのだが、今日のように気を楽にしていただくサンドイッチも悪くない。それに、天窓から覗く日差しも心地よい。
気持ちのいい朝だが、昨晩の出来事を思い出すと、やるせない気持ちになってくる。
「中隊長、昨日はすみませんでした。私の不手際でみんなに迷惑を」
「問題ない、元はと言えば俺の采配ミスだ。敵追われてたのも、アストラルKの性能を甘く見ていた俺の落ち度だ。無傷で生還できたのは、運が良かっただけに過ぎないんだ」
「そんなこと……いえ、それではなく。あのアルフェって奴ですよ。何者だったんでしょうか」
「はっきり言って、まったく心当たりがない。アルフェという名前ですら、本名なのかも曖昧だ」
グリムはパソコンを操作する手を止めた。その表情は自身の不甲斐なさを痛感しているのか、少し険しい。
クミはグリムのことを慕ってはいるが、同時にこの仕事には向いていないとも思う。彼は優しすぎる。子供たちが慕う理由でもあって同時に弱点でもある。
もしここが、正真正銘ただの孤児院だったら良かったと、思うことがある。
ここブドウ園はβグループが所持する孤児院であり、その組織はあまり綺麗な集団なんかじゃない。汚れ仕事を一任する、そんな集団だ。
ここで暮らす子供達もまた同じく、汚れ仕事を行うための教育を施され、実戦にも駆り出される。それは宿命だと皆わかっているというのに、グリム中隊長は最後まで悪びれてくれない。常日頃、子供たちの生存のため奮闘してるのだ。
だが、その優しさこそ皆の親足りうる人格だ。それを否定するのは野暮だろう。
アルフェという少年と対峙したときだって、なにか思うことがあったのではないだろうか。
「あれは、放っておいて大丈夫なのでしょうか」
「とりあえず。今後の方針としては、接触を避ける。素性はこっちで洗うから、お前らは待っとけ」
「そうですか、承知しました」
会話は途切れ、時計とキーボードを叩く音だけが支配する。それ程に静かだが、よくよく耳をすませば、外に子供達がいることがわかる。微かにだが、楽しそうな笑い声だ。
「ああ、そうだクミ」
「はい、なんでしょう」
「今日は、お前に暇をやる」
「……はい?」
突然の物言いに、クミはサンドイッチを皿の上に落としてしまった。具が全て分離してしまうものの、それを意に返さず唖然としている。
「無事だったとはいえ殺されかけたんだ。今後の精神状態に異常を来さないためにも、素直に休めよ」
「別に精神に異常など……問題ありません!」
「心配するな、上からも許可は取ってる。お前らは教育の賜物か大人びている。素晴らしい限りだが、子供なのは変わりない。少しぐらい甘えとけ」
「でも……」
「それに、お前の身を一番に案じてるのは同年代の子供達だ。昼になっても誰も起こしに行かなかったのは、彼らなりの優しさなんだぞ」
「……え、昼?」
はさみ直したサンドイッチがまた崩れる。嘘かと思いながらも、時計が事実を指し示していた。
「あー、昼、もうすぐ一時になりますね。まじかー」
「ハッハッハッハッハ! やっぱり気づいていなかったか。真面目なお前さんのことだ、寝坊しているって気づいてれば、悠長にするはずねーもんな」
「えっと、どうすれば」
「だから休めばいいんだよ。今日ばかりは誰も文句は言わねーからな」
予想外のところで困惑はしたが、これでよかったのだろう。グリムの言う通り誰も怒りはしないし、丁寧にサンドイッチをはさみ直すこともできるのだから。
=☆☆=☆☆=☆☆=
日が傾き始めたが、クミはベットから動かなかった。
「暇だー」
普段ならば、何もない日だとしても課題や訓練があったが今日はない。希望があれば三日まで延長できるようだが、それ以前にやることがない。
今の今まで、こういった休日は存在しなかったのだから。
「……このままじゃダメだな」
そう言い、軽く着替えるとクミは外に出た。
ここの孤児院は、町の中心から離れている。とはいえ、巨大なビルが立ち並ぶ風景を前に、そんなことは、微塵も感じられない。
そんな町中は、ホログラムに溢れていた。空では金魚が泳ぎ、車が空を飛ぶ。巨大なモニターには、新バージョンのアーリーコアの宣伝がされている。
「……アーリーコア」
アーリーコアとは、今となってはスマホやパソコンに変わる、生活必需品の一つだ。
この世はデジタル化されてきた。文字をデータに収め、量を数値化し、人々に楽をもたらしては堕落させた。それでも有り余る技術が誕生させた、人類の最高傑作と言って差し違いのない代物。
これは仮想を現実にするテクノロジー。それを実現させた代物こそアーリーコアである。それは大きな技術革命をおこし、日常を大きく塗り替えた。
そんな時代の象徴なのだが、特に惹かれず。代わりに、商店街の方へ視線が向いていた。その先に見えるは、大柄で黒服を着た男集団だ。
「オラぁ、出てこんかーい! あんたらがうちの島で不正働いたのは、わかってんだからな!」
傍に見えるヤクザの押し入りは昔にもあったらしいが、近年でまた復活した光景だ。その正体は、クミと同じスペルクラブのβグループに所属する実働部隊。彼らが動く目的は総じて、アーリーコアを用いた犯罪の摘発だ。
「今度はラーメン屋の店主か。世の中わからないものだなー」
人はアーリーコアを介して、何でもできるようになった。もちろん、犯罪だってお手の物だし隠蔽も容易い。それを暴くことこそ、我らβグループ。いや、スペル・クラブに所属する者すべてが背負う使命なのだ。
「……使命」
ふと、昨晩の出来事を思い出す。
アルフェと名乗った少年。彼は何者だったのか、あそこで何をしていたのか。
相手は他人であり、何をしていようと知ったことではない。だが、関わってしまった手前、気になってしょうがない。もとい暴きたくなる。
これはもう、職業病と言わざるをえない。しかし、これは正義感でも悪意でもなんでもなく、純粋な探究心からくるもの。秘密を暴く行為は、宝探しに近い。それが彼女なりの、娯楽だった。
だからだろうか、躊躇なく自然に。それどころか、意気揚々と鼻歌混じりに。湿気ったあのスラム街へと足を運んでいた。
一方。クミ失踪で、ぶどう園内部は大騒ぎ。




