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異世界転死ー千の魔女と二体の幽霊ー  作者: 一乗寺らびり
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第四章 不老と不死

 帝国に滞在を始めてから、早くも一週ほど経過していた。その後半四日は、日中は調査を行いつつスキを見て睡眠を取り、夜は殺人鬼の霊を回避することに全力をかけていた。

 滞在場所を元のホテルから、空いている一軒家へと移動させてもらった。流石に何日も、ホテルの営業を妨げるわけにも行かない。殺人鬼の霊は、どうやって追っているのかはわからないが、移転先の一軒家にも現れた。ここでも同じように、わざと音を立てながら私を探し、家から出ていったように見せかけて、家の玄関前で待機することを繰り返していた。

 神経をすり減らす日々が続き、疲労が溜まってきている。ハイヒールで石畳を歩くような硬い足音が、トラウマになりかけている。いい加減開放されたい気持ちも強まってきたが、ここで私が倒れたら、今度はチヨやアルフレッド達に危険が行くかも知れない。そう考えると、落ち込んでもいられなかった。

 疲れが蓄積されていく四日間であったが、収穫もあったのだ。殺人鬼の霊は、毎晩必ず深夜の二時に現れ、三時を過ぎるといなくなる。これは、すすり泣く女が出現する時間と一致している。

 やはり、この二体の霊は関係がある。だが、それが何なのかわからない。アルフレッド側の調査も、一向に進んでいない。


「はぁ……こういう時にアヤメがいてくれたらなぁ……」


 シファネ広場でベンチに座りつつ、私は大きくため息をついた。時刻は正午過ぎくらいだ。ブランチを済ませ、気分転換に散歩に来たのだ。

 アヤメは、私がまだ不老になる前に共に戦った仲間で、ニパング出身の女だ。諜報活動や潜入捜査が得意で、彼女から得た情報には随分と助けられたものだ。結束の強い集団を、少しの情報で崩壊させるという、悪趣味な楽しみも持っていたが。

 そんな彼女も千年ほど前に、寿命でこの世を去っている。この世にいない仲間の事を考えても仕方がない。だが、手詰まりに近く、頭の回転も鈍り始めている。私はどうすればいいのか、わからなくなっていた。


「すいません、あなたは千年の魔女、ミレニアさんですよね?」


 突然、誰かに話しかけられた。声の方に顔を向けると、手に小型のマイクらしき物を持った、スーツ姿の男が一人立っている。おそらく、新聞記者かなにかだろう。


「……ああ、そうだが。すまんが今疲れていてな、何も話すことはないぞ」

「いえいえ、そうおっしゃらずに。少しだけ、ほんの五分だけでいいので」


 不機嫌に伝えたにもかかわらず、男は図々しくも隣に座ってきた。どこの国に行っても、報道関係の人間はこんなのばかりだ。

 隣の男は名前を名乗ったような気もするが、聞こえないふりをした。


「最近巷で噂の『すすり泣く女』と『真夜中の殺人事件』ですが、ミレニアさんがどちらも調査しているというのは本当でしょうか?」

「……」


 問いかけを無視した。黙っていれば、そのうち諦めてどこかに行くだろう。


「すすり泣く女に関しては、不老不死のミレニアさんにとって、死者の魂である幽霊はかけ離れた存在かと思いますが、どのように」

(何が不老不死だ。質問するなら、予め相手のことは調べてこいよな)


 私は『不老不死』ではなく、『不老』なだけだ。単に身体が老いることを止めているだけで、死のうと思えばすぐにでも死ねるし、殺されることだってできる。不死もなろうと思えばなれるが、あえてなっていないだけだ。私のことを少しでも調べたら、公表していることだしすぐにでもわかることだ。


(基本的に、積極的に死にたいわけではないが、どうしようもない時は死を受け入れたいんだ。全く、これだから記者というやつは……)


 例えば、全身に重りをくくりつけられ、海深くに沈められたとする。不死ならば、呼吸もできずに自らの肉体が魚に啄まれる様を、永久に体験し続けなければならないのだ。不死だからといって、痛みや苦しみを感じなくなるわけでもない。そのような状況だけは避けたいため、不死にはなっていない。

 久しぶりに言われた不老不死の単語に、気分を害した。が、同時にあることを思いついた。


「……そうか、単純な話じゃないか。忌み嫌いすぎて、すっかり考えの外にあったよ」

「え、ミレニアさん? どうかされましたか」


 気付かされた私は、これまで無視していた記者の方へ向き帰り、軽く頭を下げた。


「ありがとう、その通りだ。死ななきゃいいんだよ」


***


『……カツン……カツン』


 少し離れた場所から、聞き慣れた硬い足音が聞こえてくる。時計に目をやると、時刻は深夜の二時を過ぎている。側に置いてある複合探知系の生命探知計は、狂ったようにメモリを大きく振っていた。


「……来たか」


 硬い足音を確認すると、私は立ち上がった。両手には何も持っていない。滞在している家の廊下に立ち、訪問者を待ち構えた。


『カツン、カツン』


 足音が近づいてくる。自身に施した術は、もう数百年も試していない。だが、私は天才だ。問題ないと信じ込ませる。


『カツン』


 足音が、玄関の扉の前で止まった。鍵は閉めていない。


『……ギィィ』


 鍵が開いていることを不思議に感じたのか、僅かに静かな時間があり、その後、軋むような扉の音が聞こえた。

 扉が開かれ、ぬっと頭が覗き込んだ。バラバラに乱れた髪を垂らした、女の顔だ。気色の悪い目でこちらを捉えると、ニタァっと、おぞましい笑みを浮かべた。その姿を見た瞬間、いつもの寒気が襲ってきた。


『ミ ツ ケ タ』


 女が入ってきた。右手には赤黒くなった包丁が握られ、着ている白いコートには、ベッタリと返り血が付いている。足には赤いハイヒールを履いている。


『カツン、カツン』


 女は笑みを浮かべながら、こちらに歩み寄ってきた。しかし、私は動かない。動けないのではない、あえて動かないのだ。


『カツン、カツン』


 ヒールの音を響かせ、一歩、一歩と近づいてくる。全開の目は、まっすぐこちらを捉えている。


『カツン』


 ついに女は、私の目前で足を止めた。ニタニタと笑いながら、右手の包丁を振り上げる。そして。


『シ ネ』


 包丁が振り下ろされた。目を瞑りそうになるが、しっかりと近づいてくる腕を見つめる。そして。


 包丁が、私の左の首筋に突き刺さった。

 赤い、赤い血が吹き出る。まるで広場で見た、噴水のように。

 私は倒れ、うつ伏せになる。その背中に、何度も何度も、冷たく硬いものが入り込んでくる。

 薄れそうな意識の中、私は必死に女の足に触れる。そして、二種類の魔法を流し込んだ。

 背中の左側から、心臓のところへ、硬いものが侵入した感覚がした。

 いしきが、きえ


***


 気づくと、きれいな場所にいた。

 うまく言葉にできないが、とにかくきれいだとしか言えない場所だ。

 なんとなしに、その場所を前に前にと歩いていく。

 歩いていくと、懐かしい人影が見え、通り過ぎていく。

 マリアにミラル、アヤメ、ラン、レオンにアルティ、怨霊だったチヨ、ニトロ師匠、そして。


『……リナ……セリナ……』


 声も聞こえてきた。最愛の夫、ルッツ。

 懐かしいその声を発する人影に、手を伸ばした。


***


「……さま……かあさま……!」


 最愛の娘の声で、目が覚めた。私は何処かのベッドの上で、横になっていた。白い天井が見える。


「ん……ああ、チヨか……おはよう……」

「おはよう、じゃありませんよ! こんな無茶なことして!!」


 チヨは泣きじゃくりながら、私に抱きついてきた。そういえば、殺人鬼の霊に関わってから会っていないから、四日ぶりくらいに顔を見たかもしれない。


「おはようございます、ミレニア先生。ご気分はどうですか?」

「ん、ああ、レドか……良いような悪いような、なんとも言えない気分だよ……」


 少し顔を動かすと、すぐ側にレドが立っていた。どうやら、頼んであったことはうまくやってくれたようだ。

 何か、夢のようなものを見ていた気がする。とてもきれいな夢だ。しかし、思い出せない。


「しかし、無茶なことをなさるものです。不死状態になり、殺されながら調べるなど」

「あいつに対しては、これくらいしかやれそうなことがなくてな……だが、うまくいったようで良かったよ」


 私はあの記者に会った日の内に、数百年ぶりに不死の術を自らに施した。そして、殺人鬼の霊に背中を刺されながらも、『パストヴィズ』で霊の正体を探ったのだ。あの状況だ、その場で記録を精査することは不可能なため、読み取った記録は私の中に保持している。

 ただし、いくら不死とはいえ、血を大量に流しては動くことはできなくなる。そこでアルフレッドに頼み、殺人鬼の霊が消える深夜三時以後に私を回収し、息を吹き返すまで輸血するようにしていたのだ。

 忌み嫌っている不死状態だが、今回ばかりは感謝せねばなるまい。


「もう! もし失敗してて、本当にそのまま死んじゃったらどうするですか!」

「私を誰だと思ってる、失敗なんかないさ」


 そうは言いつつも、実際は多少なりの不安はあり、不死になっているかどうかの試験はできなかった。ぶっつけ本番ではあったが、うまくいって心底ホッとした。


「つっ! ……だがやはり、頭は回ってなかったな」


 不死状態になることに頭が行き過ぎて、痛覚遮断の魔法を使うことを失念していた。傷はある程度塞がっているとはいえ、刺された直後の冷たい痛みの感覚は消えていない。私もまだまだ、未熟なのかもしれない。


「して、犯人の正体は掴めましたか?」

「いや、ちょっと待ってくれ。今確認する」


 ひと呼吸置いて、自身に魔力を流し込む。そして、保持している殺人鬼の霊の記録を読み取った。

 少しばかり時間をかけ、ゆっくりと記録を確認する。路地裏でのように、記録の中の霊に気づかれる可能性はあったが、それは既に対処済みだ。


「……ああ、バッチリわかったよ。その上、追加の収穫もあった」


 ベッドから上体を起こすと、まだ少しめまいがする。痛みも完全には引いていない。だが、いても立ってもいられない。すぐさま準備しなければ。


「すすり泣く女の正体もわかった。ついでにそっちも解決してくるよ」

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