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家族のはなし(6)

鏡開きも過ぎてしまいましたが・・・

遅ればせながら、昨年も大変お世話になりました。

本年もどうぞよろしくお願い致します。



このままではどうしても彼の顔を見られない。


それからリリーは暗くなるまで一人でいた。

家に帰ったら顔を合わせるかもしれない。

このまま一目彼の姿を見たらきっと私はどうにかなっちゃう。

だから心が落ち着くまではここにいよう


そう思ってうじうじしていたら、気付けばあっという間に星が輝きだした。

膝を抱えて埋めるようにしていた頭を持ち上げると、頬を夜風が撫でていく。


リーズを抜けていくこのゆるやかな風がリリーは好きだ。

この村の優しさの一滴のような気がするから。

けれど、このときばかりは、その風も寂しくて仕方がない。


母の葬儀の後も似たような風が吹いた。


シュルヴェステルがやってきて、それからゆっくりと微かに、また温かい風が混じり始めて。


気づいたら、色んなものはすべて優しさに満ちていた。




あのあと、あの女の子にシュルヴェステルはなんて答えたのだろう



・・・いいえ。彼がどう言おうと大事な事は変わらないわ。


私がしっかりしないと、私はなんにも変わらない。



(このままじゃ、いや。・・・しゃんとしないと)


目を閉じると風の音がすぐ傍でする。

人の声はない。

辺りは既に静かな暗闇に包まれていた。


いい加減帰らなくていけない。


重たい腰を上げて彼女は立った。








足を引きずるような気持ちで帰路を歩いた彼女は、家の前でぎくりとその重い足を止めた。

そのまま足を進めることができなくて、半ば立ち尽くすようなリリーの口からその名は漏れた。


「・・・シュルヴェステルさん」


家の前の落葉樹の下に、背を預けるようにして彼が立っている。


いまはいちばん会いたくなかったのに

なぜ神様は意地悪なんだろう


目を逸らせずにじっと見つめていると、彼は組んでいた腕を下して、リリーへと歩み寄ってきた。


その静かな足取りに思わずリリーは一歩後ろに下がる。

それにシュルヴェステルは眉を寄せて足を止めた。


微妙な距離が二人の間にできる。


先に口を開いたのは彼の方だった。


「遅い」


「・・・あの、」


「いくら村の中だからって、ひとりで外にいていい時間じゃないだろう。どこにいたんだ」


怖い。


咄嗟にリリーはそう身を竦ませた。

確かに、こんな時間に外を出歩いたことはないが、彼の威圧するような今の雰囲気もこれまで見たことがない。


今までかけられたことのないような鋭くぴしゃりとした声音に、リリーは困惑した。

普段の穏やかな彼が嘘のようだ。


探してくれたのだろうか。

リリーがいたのは確かに人から見つけられにくいところだった。

子供時代によく隠れ家にしたものだ。

リーズの子供ならそういう場所が誰しもあるし、見つけるコツも知っている。


けれど、そうか。

時々忘れてしまうけれど、彼はここで育ったわけではないのだ。


探しても一向に見つからないから、心配してくれたのだろう。

だから、こんなに怒っている。


「ごめんなさい」


しゅんとなって謝ると、シュルヴェステルは少し雰囲気をやわらげて溜息をついた。


「・・・最近、おかしいと思っていたんだ。でももう子供でもないから干渉しすぎてもいけないかと何も言わなかった。・・・悪いけど、限界だ。・・・何があった。夕飯も食べないでひとりで時間を忘れて考え込むようなことなんだろう?」


子供でもないから。


やっぱりそうなのか。

リリーは唇を噛んだ。


その言い様が物語っている。

彼にとって私はまだまだ手のかかる年下の女の子で、それはつまり、ただの妹でしかないということ。


「・・・なんでもない」


「リリー」


「なにもないの!」


「だったら、どうしてっ」


つい声を張り上げたリリーに、つられるようにシュルヴェステルも声を荒げかける。

しかしそこで踏みとどまるように口を閉じ、リリーから顔を逸らして一度息を吐いた。


それから真剣な瞳で再びリリーを見据える。

真っ直ぐ向かってくる双眸にリリーはぎくりとした。


そんな目で見ないでほしい。

自分はその目をちゃんと見返すことができないのだ。


「おまえ、俺を避けてるだろう」


静かにそう言われてリリーは身を硬くした。


とうとう言われてしまった。

自分でもぎこちないのはわかっていた。

彼が気付いているのも知っていた。


気遣って知らないふりをしてくれていても、度を越せばいつかは正面から聞かれるだろう。

時間の問題だ。

わかってた。


でも、なんの準備もしていない。


彼女は逃げるように視線を下げた。


「・・・そんな、こと」


「あるだろう。ここのところずっとそうだ。こっちを見ようともしない」


足音がする。


下げた視線のなかに彼の足が入って、すぐ傍に彼が立っていることを思い知る。

こんなときなのに、自然と体温が上がった気がした。


「俺が何かしたか。それなら謝る。色々考えたけど、駄目だ。言ってくれないとわからない。」


「・・・違う」


なにもしてない。

なにもしてくれないから、つらい。

とは、まさか、言えない。


「じゃあ、なんだ」


「なんでもない」


「そんなはずがないだろ」


「なんでもないんだってば!」


「駄々をこねるな」


駄々!

結局そうだ。そうなんだ。


「私の問題よ!シュルヴェステルさんには関係ないもの!」


関係ない、そう叫んだところでぐい、と強く片腕を引っ張られる。


「だったらちゃんとこっちを見ろっ!」


怒鳴り返されるように強く言われてびくりとリリーは口を閉ざした。

ひんやりと、彼の少し低い温度が手首に触れている。


痛い。


強く掴まれた手首がではなくて、彼が触れているとわかった途端に駆け足になる心臓が、


心の方が、よっぽど痛い。


とてもじゃないけれど、この距離で彼を見ることはできない。

頑なに顔を俯けたままでいる彼女に、彼の弱弱しい声が降った。


「・・・リリー。頼むから、」


懇願するような響きに、リリーの肩がぴくりと揺れた。


ごめんなさい。


そう言いたくなる。


傷つけたいわけじゃない。

こんな風に困らせたいわけではないのに。



あなたは何も悪くないのに。私がこんなだから心配ばかりをかける。



いたたまれなくて、恐る恐るリリーは顔を上げた。

すぐ近くで二人の視線が重なる。

シュルヴェステルはどこか安堵したように表情を緩めた。


「リリー」


久しぶりにちゃんと正面から顔を見た気がする。


彼の手は自分より少し冷たいはずなのに、掴まれた所だけひどく熱い。


「根掘り葉掘り聞こうとは思わない。余計なお世話だとも思う。・・・でも、おまえ、最近少し変だ。」


「・・・・・」


ぎくしゃくしてしまっている自覚があるから、何も言えない。

怯んだリリーにシュルヴェステルはそのまま言葉を続けた。


「なにも言わないから待とうとも思ったけど、見てられない。」


ちらりと握り込んだリリーの手首に視線を遣る。


「食事も前より減っただろう?痩せたんじゃないのか?」


確かに少し体重が落ちたように思う。

でもどうしても、食べる気がしないのだ。


「食欲が失せるくらい悩むことがあるのか」


ある。


と頷くわけにはいかない。けれど、下手に嘘もつけない。

いつだってシュルヴェステルはリリーの嘘に気付いてしまう。

だから、なにもいえない。


口を引き結んで、ただ首を横に振るリリーに、シュルヴェステルは眉尻を下げた。


「手を伸ばされるまで黙ってるつもりだったけど、無理だ。おまえ、辛そうだよ。・・・言っただろ?一人で抱えるのが辛くなったら頼ってほしいって」


「・・・シュルヴェステルさん」


手を伸ばして、それで、届かなかったら、私、それからどうするんだろう


縋るような気持ちになってリリーは見慣れたはずのその深海の双眸を見た。


彼はリリーの目を綺麗だと褒めてくれるけれど、リリーはそんな彼のこの瞳のほうがずっと好きだ。

確かに、決して映えるような明るい色ではないけれど、彼の静かで穏やかな深みのある内面そのものを切り取っているように感じる。


その考えは昔からずっと変わらないのに、どうしてだろう、あのころよりもこの双眸を怖く感じてしまうのは。


弱りきった顔をするリリーに、シュルヴェステルもくしゃくしゃと困ったように苦笑した。


「ごめんな、ほんとうはこんな追い詰めるみたいに口出ししたりしないで、黙って待って、そうやって守ってやれればいいんだろうけど」


お前が苦しんでるみたいなのに、何も言わないで見守ってるだけなんてできそうにないんだ。


そう呟くシュルヴェステルに、途端、リリーは彼が無性に憎らしくなった。

シュルヴェステルが諭すように柔らかな声を落とす。


「俺はお前がかわいいんだよ」


嬉しいけど、嬉しくない。

だって、その言葉ひとつで、私がどれだけ胸を揺さぶられるかをこの人は知らない。

知らないのに。



私は、あなたに、守ってほしいわけじゃない。



気づいたら、ぽつりと吐き出してしまっていた。


「人を、好きになったの」



閲覧ありがとうございます。

こちらの勝手な都合で更新が滞ってしまい大変申し訳ありません。

・・・ほんとうにごめんなさい。

更新再開いたします。

よろしければまたお付き合い下さい。


※ご感想をくださった方、感想ページに返信を書かせていただきました。

よろしければお時間があるときにでも御一読ください。

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