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家族のはなし(5)


心臓が口から出るかと思った。



思いの丈を打ち明けると、






ニコラは、声を上げて笑った。




「知ってた!」



ニコラの明るい声。


真摯、というよりも、思い詰めた挙句に覚悟を決めたというような面持ちで臨んだリリーはただぽかんと口を開ける。


ちょっとどういうことなのかわからない。


そんな彼女を後目に、ニコラはけらけらと心底楽しげに笑った。


「知ってた!ねえ、知っていたわ、リリー!」


彼女の目には笑いすぎて涙さえ浮かんでいる。


どういうことなの

リリーはひたすら唖然とした。

だって、私、あんなに必死に考えたのに


「もちろん、私は知っていたのよ、リリー!あなた、何年私があなたの幼馴染をやっていると思ってるの?」


「・・・・・え?・・・え、だって、ニコラ、」


「あなた、もう、この世の終わりって顔して・・・・もう・・・」


まだ収まらない笑いをニコラはなんとか堪えようとしてこほん、と咳ばらいをする。


さんざん悩んで意気込んで来たリリーはあんまりといえばあんまりな展開に頭が上手くついていかない。しばらくハトが豆鉄砲を食らったような顔をして突っ立っていた。

けれどニコラの今にも再び吹き出しそうな顔を見ていると段々なんだか腹立たしくなってくる。じわじわ来る。


「・・・ニコラ?どういうこと?」


若干低い声で問いかけたリリーにニコラは動じた様子もなくあっさり、きっぱりと言い放った。


「嘘よ」


それはもう後味さっぱり。

あんまり堂々とニコラが言うものだから、リリーはまたもやぽかんとするはめになった。

目が点とはまさにこのこと


「・・・・・・・・」


「おーい。リリー?聞こえてる?嘘よ、嘘。」


「・・・・・・・は?・・・え?」


自分の耳が信じられない。

再び言葉を失くした親友に、ニコラはふふっと相好を崩す。

わあ、かわいい笑顔。


「う、そ・・・?」


「そう。嘘。私がシュルヴェステルを好きだなんて、う、そ」


う、そ

やけにそこだけぽんぽん弾む。

それはもうリズミカルに。


リリーの眉がきゅっと寄った。


「・・・・・なんで」


「そうしないと、あなた、このまま気付かないんじゃないかって」


「・・・・・」


「気付かないで、そのまま失くしてしまうんじゃないかって」


そう思ったの。


私が好きだと言えば、あなた、きっと真剣に彼のこと考えるでしょう?

こういうこと、あなたまるっきりだめだしね。普通に言うだけじゃきっと頭から否定して気にもかけないわ。それならちょっと刺激がいると思って。

ほら、私なんかちょうどいいじゃない?間がいいことに適役だわ。

だってあなた私のこと大好きだものね、ふふっ


悪気もなくつらつらと彼女は得意げに語る。

始終、リリーは目を白黒させていた。


「もう、ずうっと前からよ、リリー。ずうっと。あなたがシュルヴェステルにどんな想いを寄せているのか私が気付いたのは。なのに、当のあなたはちっともなんだもの。」



つまり、鎌をかけられたのか。自分は。


だって、え?あんなに悩んだのに?



頬が引きつっている気がする。

あっけらかんと笑うニコラ。

その言葉を咀嚼し、状況が呑み込めてくるとゆるやかに怒りは湧いてきて。

とうとうリリーは声を荒げた。


「だって、・・・なあに?嘘までついて!大きな嘘は駄目って言ったの、あなたじゃない!」


「小さな嘘じゃない」


「ニコラ!」


とんでもない。リリーにとってはここ最近一番衝撃的な嘘だ。全然かわいい嘘じゃない。

それに、なによりニコラがそのことを知っている。その上の嘘なのだから。


リリーの眉尻がわずかに上がる。

それにもかかわらずニコラは機嫌よくカラカラと雲一つない晴天のように笑った。


「ごめんって。ああ、でも、小さいころの約束を律儀に守ろうとするところ、リリーらしくて私大好き」


「ニ、コ、ラ!」


なおもからかわれて癪に障る。

しかし、


「それでもよかったのよ」


さっとそれを遮るニコラの声。

茶化すかのように振る舞っていたのが途端に形を潜め、にわかに真剣味を帯びたその声にリリーは言葉を詰まらせた。


「よかったの。約束を破っても、あなたに怒られても、・・・・・嫌われても、ねえ、私、あなたのためになると思うことをしたかったの」


「ニコラ」


「我儘なんだと思う。一人よがりなのもわかってる。でも、私、こういう人間だもの。仕方がないわ」


でしょ?

ニコラがぎゅっとリリーを抱きしめる。

これは、彼女がいつもする癖だった。


「ねえ、リリー。あなたは気付いてないようだけど彼のことをいいなって言う子は結構いるわ。彼、適齢期でしょう。村の誰かがくっつけようとしてそのまま、なんてことにならないとは限らないのよ。」


ぴくりとリリーの肩がほんの微かに震える。

抱きしめているニコラにはそれが如実にわかった。


「・・・・・余計なお世話だとも思ったんだけど、でも、手遅れになってから気付くよりはいいと思ったの。何もできないで終わりだなんて駄目よ。・・・私、知ってたから。あなたが、どんなに彼のことを想っているか、知ってたから。どうしても、黙っていられなかったの」


気付かないのは本人ばかりってね。


至近距離でおちゃめにニコラが笑うから、リリーは唇を引き締めて俯いた。

ほんとうに、私って駄目。

ダメダメだ。

だって、ほら。またすぐに泣きたくなってくる。


「今回のことでよくわかったけど。私、嘘つくの、やっぱり好きじゃないわ。嘘をつかれるのもね。だけど、ねえ、嘘をついてでも、リリー、あなたが幸せなのがいい」



私はね、あなたが幸せなのがいい



ニコラが嘘嫌いなのはよく知ってる。

知ってるわ。

小さいころからそうだった。

勝気で正直で、曲がったことが大嫌い。


リリーの胸はいっぱいになった。


「でも、よかった。ほっとしたわ。実はね、私、あなたが言ってくれなかったらどうしようかと思ってた」



言ってくれて、ありがとうね。



小さな声でそう呟いたニコラに、せっかくぎりぎりまで堪えていたリリーの涙はぼろぼろと零れた。

ニコラの背を抱きしめ返す。


「ニコラ、」


「うん?」



「だいすき」



ニコラが少し身を離して、

それから自分の額をリリーの額にこつんと合わせる。

これもまた、赤ちゃんの時から延々交わされ続けたふたりのやりとり。


ちょっとしたいたずらを仕掛けて笑いあった時

些細なことをきっかけに喧嘩して仲直りした時

互いの何かを応援した時

訳もなく明日が怖くなった時

挫けて励まし合った時も

いっしょに涙した時も


おまじないのように、挨拶のように、ずっとずっと繰り返してきた


ふわりとニコラは微笑んだ。



「わたしも」













これでひとつ頭を悩ませていた問題が消えた。


なんてつい安堵したのもつかのまだった。


この恋は、再びすぐにリリーを悩ませた。


ニコラがシュルヴェステルを好きではなかったからといって、だから何かが変わるものでもない。


当然のことなのだが、ニコラのことを考えていた分の時間が空いたせいか、しみじみとそれが身に染みてよくわかる。

リリーの心に大きな変化があっただけのはなしで、なにかが変わったわけではない。


逆に言えば、変わったものはなにもないのに、自分だけが、違う。

これは、想像よりもずっとずっと苦しかった。




彼が好き。


気付いて急にこわくなった。

自分でも大概情けないと思う。

けれど、どうしようもなく怖いのだ。


居心地の良さを知っている。

家族であれば生涯離れまい。


妹に、好きだなんていわれたら、彼はどう思うだろう。

妹だと思っている人間にそう想われるのは不快にならないだろうか。


いいや、優しい彼のこと。気遣ってくれるかもしれない。

もしかしたら、一緒になってくれるかもしれない。

そんな甘い考えに流されそうになる。


けれど、それでは、いやだ。


それではいやなのだ。


優しさだけで一緒にはいたくない


思いやりだけの理由で、一緒にいたいと思われたくはない。


それじゃあ、いや


でも、怖い。離れるのは、とても怖い。



我儘なのはいやというほど自覚している。

だから、リリーは落ち込んだ。


自分がこんなに嫌な人間だとは思わなかった。

恋は、自分の嫌な部分を見せてくる。



人を想うのが綺麗な事ばかりではないのだと、その時リリーは初めて知った。








自分の汚い部分ばかりを最近見続けて、リリーは更にシュルヴェステルの視界の中に入るのが怖くなった。


ここのところ、もっぱら怖いことばかりだ。

どうしたらいいんだろう。



悶々としている間に、意外にも時間はただ淡々と流れるだけだった。

近頃情緒不安定がちの心臓と付き合いつつ、何もできずに日々が通り過ぎて、

いつしか彼を想いながら、いろんなものをひた隠すのが日常になり始める。



シュルヴェステルが、村の娘に想いを告げられているのを運悪く見てしまったのはそんな時だった。



なんでこう、私はタイミングが悪いんだろう。

そう思いながら慌てて彼らが見えなくなるところまで駆けた。


ひとりになれるところまで。


けれど、一人になって、静かな場所で足を止めると見てしまった光景が鮮明に脳裏へ浮かぶ。




頬を染めていた女の子。



俯いて、けれど時折シュルヴェステルを見上げて、つっかえながらもひたむきに自分の言葉を口にしていた。

その瞳はきらきらして見えた。


シュルヴェステルは、困惑した表情で彼女を見下ろしていた。




あの子、顔真っ赤だった。一生懸命で、ちゃんと勇気も出して、




・・・すごい。


すごいなあ。




自分があんまり情けなくて、もう、投げやりになっちゃいそう。

せっかくニコラもあんなにしてくれたのに。


ニコラの言葉を思い出す。



『彼のことをいいなって言う子は結構いるわ』


知らなかった。


・・・このまま、なにもできないで、彼を失ったらどうしよう。



怖い。



(・・・・・ほら、また、怖い。そればっかり)



そのくせ、動くこともできない。


恋は人を臆病にさせるって、ほんとうだったんだ。

リリーは苦笑した。


自虐的な笑みだった。


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