第八章 追う背中
数日後。
高瀬のスタートを横から見る隼。
「何見よん。」
「高瀬先輩。」
「それは見たら分かる。」
隼はスタート地点を見る。
「何が違うんやろって。」
「俺と?」
「はい。」
「いっぱいあるぞ。」
「教えてください。」
高瀬が笑う。
「急やな。」
「0.5秒縮めたいんで。」
「一個ずつや。」
高瀬が教える。
一歩目。
力み。
身体の起こし方。
顧問も言う。
「高瀬の真似だけはするなよ。」
「え?」
「身体も違う。走り方も違う。」
「盗めるとこは盗め。」
「合わんもんは捨てろ。」
高瀬が笑う。
「俺、教材扱いやん。」
顧問が即答する。
「使えるもんは使え。」
「ひど。」
隼も笑った。
その頃。
二年生の井上健吾とも知り合った。
「お前が陸神?」
「そうです。」
「一年で11秒52。だいぶ調子ええらしいやん。」
「まだ遅いんで。」
井上が笑う。
「言うなあ。」
隼が聞く。
「井上先輩は何秒ですか。」
「いきなりそこ聞く?」
「気になるんで。」
「11秒43。」
隼の目が変わる。
「……速い。」
井上が少し得意そうにする。
「まあな。」
「でも。」
隼が言う。
「追いつけそうです。」
井上の笑顔が止まる。
高瀬が吹き出す。
「出た。」
井上も笑う。
「お前、おもろいやつやな。」
翌日。
一本勝負。
井上。
11秒41。
隼。
11秒46。
負けた。
でも。
自己ベスト。
嬉しい。
悔しい。
両方。
井上が聞く。
「どう。」
隼は少し考える。
「面白いです。」
「何が。」
「負けたのに。」
井上が吹き出す。
「変なやつ。」
隼が笑う。
「でも次は抜きます。」
「待っとるわ。」
六月下旬。
全日本中学校通信陸上競技大会。
福岡県大会。
南福岡陸上競技場。
隼は招集所で組み合わせ表を見る。
一年男子100メートル。
予選。
準決勝。
決勝。
また。
勝ち上がる大会。
予選。
隼。
11秒67。
一着。
準決勝。
また。
山城中。
伊藤翔太。
伊藤が隼を見る。
「またお前か。」
隼が笑う。
「またやな。」
「今度こそ勝つで。」
「何回目それ。」
「うるさい。」
二人が笑う。
準決勝。
隼。
11秒57。
伊藤。
11秒64。
また隼が先。
伊藤が結果を見る。
「……またか。」
隼が横に立つ。
「決勝あるやん。」
「分かっとる。」
伊藤が少し笑う。
「次こそ。」
隼も笑う。
「待っとる。」
決勝。
風。
+0.8。
隣のレーン。
伊藤。
「今度こそ。」
「四回目やな。」
「数えんな。」
二人が笑う。
でも。
スタート前。
もう笑っていない。
「位置について。」
「よーい。」
――パンッ。
伊藤が前。
隼も悪くない。
十。
二十。
三十。
隼が追う。
四十。
並ぶ。
五十。
隼が前。
六十。
七十。
半歩。
八十。
脚が重い。
高瀬の声。
「隼!」
九十。
伊藤が詰める。
隼も腕を振る。
ゴール。
掲示板。
一着。
陸神隼。
11秒46。
二着。
伊藤翔太。
11秒55。
隼の目が止まる。
「11秒46……。」
11秒4台。
そして。
県大会優勝。
隼が拳を握る。
「っしゃ。」
伊藤は笑っていなかった。
「……くそ。」
「また負けた。」
少し低い声。
隼も。
今回はふざけない。
伊藤が言う。
「次は絶対勝つ。」
隼も返す。
「俺も負けん。」
二人の目が合う。
また次がある。
それだけでよかった。
翌日。
教室。
県大会優勝の話が広がっていた。
「陸神くん、優勝したんやろ?」
「うん。」
「タイム何秒?」
「11秒46。」
「速っ。」
女子たちが声をかけてくる。
海斗が横から言う。
「お前、陸上行ってからモテ始めたな。」
「そう?」
「そう?じゃないやろ。」
その時。
後ろから声。
「陸神くん。」
振り向く。
大和凛。
同じクラス。
入学した時から。
隼が、なんとなく気になっていた女子。
凛が少し笑う。
「県大会。」
「優勝おめでとう。」
隼が。
一瞬だけ返事に詰まる。
「……ありがと。」
海斗が横を見る。
さっきまでと明らかに違う隼。
「あー。」
「何。」
「いや。」
海斗が凛を見る。
また隼を見る。
「なるほどな。」
「何が。」
「別に。」
凛が笑う。
隼は。
少しだけ落ち着かなかった。
昼休み。
海斗がニヤニヤしている。
「何なん。」
「別に。」
「絶対なんかあるやろ。」
「大和やろ。」
隼の足が少し止まる。
「何が。」
「俺、大和なんて一言も言ってないけど。」
隼が黙る。
海斗が吹き出す。
「はい確定。」
「うるさい。」
放課後。
トラック。
県優勝も。
学校で声をかけられたことも。
ここでは関係ない。
顧問が言う。
「優勝した次の日から、またゼロやぞ。」
隼が笑う。
「分かってます。」
井上が横から。
「ほんまに?」
隼がブロックに足をかける。
「次。」
二人を見る。
「11秒3台。」
井上が笑う。
「もう次か。」
高瀬も笑う。
「そういうやつやろ。」




