第七章 勝つということ
六月中旬。
福岡県中学校陸上競技選手権大会。
競技場に入った瞬間。
隼は記録会との違いを感じた。
選手の数。
学校の旗。
応援の声。
誰もが。
少しだけ顔つきが違う。
高瀬が横を歩く。
「どう。」
隼は辺りを見る。
「……記録会と違いますね。」
「そらそうや。」
高瀬が笑う。
「今日はタイム出して終わりちゃうからな。」
「勝ち上がるんですよね。」
「そう。」
予選。
準決勝。
決勝。
速くても。
ここで負ければ終わる。
隼は少し笑った。
高瀬が見る。
「何笑いよん。」
「いや。」
「これも面白そうやなって。」
「お前、緊張とかせんの。」
「しますよ。」
隼はトラックを見る。
「でも走ったら。」
「どっちが速いか分かるんですよね。」
高瀬が笑う。
「ほんま分かりやすいな。」
顧問が言った。
「陸神。」
「はい。」
「今日はタイムばっか見るな。」
隼が少し驚く。
顧問は続ける。
「勝て。」
短い言葉。
隼の表情が変わる。
「はい。」
一年男子100メートル。
予選。
隼はスタートラインに立つ。
「位置について。」
「よーい。」
――パンッ。
スタート。
一人。
また一人。
隼が前へ出る。
ゴール。
場内放送。
一着。
寿山中。
陸神隼。
11秒78。
二着。
山城中。
伊藤翔太。
11秒83。
隼が掲示板を見る。
自己ベストではない。
でも。
一着。
少し離れたところで。
伊藤翔太も掲示板を見ている。
一瞬。
目が合う。
伊藤が軽く頭を下げる。
隼も返す。
戻ると。
顧問が聞く。
「どうやった。」
隼は考える。
「……気持ちいいです。」
「何が。」
「勝つの。」
顧問が少しだけ笑う。
「そらよかった。」
そして。
「でもまだ予選や。」
「はい。」
準決勝。
招集所。
隼が組み合わせ表を見る。
山城中。
伊藤翔太。
後ろから声。
「また一緒やな。」
隼が振り向く。
伊藤が笑っている。
「そうやな。」
「今度はもうちょい近くまで行くで。」
隼も少し笑う。
「じゃあ、また先行くわ。」
伊藤が吹き出す。
「言うなあ。」
準決勝。
一着。
陸神隼。
11秒63。
二着。
伊藤翔太。
11秒69。
伊藤が掲示板を見る。
「……また負けた。」
悔しそうに笑う。
隼が言う。
「決勝も行くやろ。」
「行く。」
伊藤も頷く。
「なら今度こそやな。」
隼が笑う。
「待っとるわ。」
決勝。
隣には伊藤。
「三回目やな。」
「また二着になるん?」
「ならんわ。」
伊藤が笑う。
「今度は勝つ。」
隼も笑う。
「俺も。」
選手たちがレーンへ入る。
風。
+1.0。
「位置について。」
「よーい。」
――パンッ。
伊藤が速い。
十メートル。
半歩前。
隼は追わない。
自分の加速。
二十。
三十。
差が縮まる。
四十。
ほぼ並ぶ。
五十。
隼の加速が乗る。
六十。
前へ出る。
伊藤も離れない。
七十。
八十。
九十。
最後まで。
二人とも前へ。
ゴール。
掲示板。
一着。
寿山中。
陸神隼。
11秒52。
二着。
山城中。
伊藤翔太。
11秒61。
隼の目が大きくなる。
「……勝った。」
伊藤が膝に手をつく。
「くっそ。」
顔を上げる。
でも。
笑っていた。
「三回負けた。」
隼も笑う。
「次も勝つで。」
「次は俺や。」
二人が拳を合わせる。
スタンド側。
高瀬が数字を見る。
「11秒52……。」
顧問は。
隼に見えないところで拳を握った。
同じ大会。
今度は。
高瀬のレース。
隼は見る側。
「位置について。」
「よーい。」
――パンッ。
スタート。
速い。
十メートル。
すでに前。
三十。
加速が滑らか。
五十。
フォームが崩れない。
七十。
まだ伸びる。
九十。
先頭。
ゴール。
11秒02。
隼が呟く。
「……11秒02。」
自己ベスト。
高瀬が戻ってくる。
隼は言った。
「0.5秒。」
「何が。」
「俺と高瀬先輩。」
高瀬が笑う。
「言ったやろ。」
「0.5秒は遠いって。」
隼は頷く。
「分かりました。」
「何が。」
「追いつくなら。」
高瀬を見る。
「もっと速くならんとダメってことです。」
高瀬が笑う。
「そういうことや。」




