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『0.01秒の先へ ―中学生スプリンターの挑戦―』  作者: 最強の素人


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第六章 最初の公式記録

記録会前。


11秒74。


そして。


11秒61。


顧問が時計を見る。


「11秒61。」


隼が息を整える。


「まだ縮みます?」


「それはお前次第や。」


高瀬が横から言う。


「今の11秒61なら、記録会面白くなるかもな。」


「速い人、来るんですか?」


「普通におる。」


隼は少し嬉しそうだった。


「じゃあ、ちょうどいいです。」


「何が。」


「今の自分が、どこまで通用するか分かるんで。」


高瀬が笑う。


「そう言うと思ったわ。」


五月上旬。


初めての記録会。


競技場。


学校のグラウンドとは違う。


何校ものユニフォーム。


スタート練習をする選手たち。


隼は辺りを見る。


「……多いな。」


高瀬が横を通る。


「何しよん。」


「こんなにおるんやなって。」


「県内から普通に来るぞ。」


隼は選手たちを見る。


「速そうです。」


「速いやつもおる。」


高瀬が言う。


「でも見た目で走るわけちゃうぞ。」


「タイムで決まる。」


隼が少し笑う。


「それなら分かりやすいです。」


高瀬が笑った。


「やっぱお前、陸上向いとるわ。」


招集。


ゼッケン。


レーン。


全部初めて。


三レーン。


スターティングブロックを合わせる。


「位置について。」


構える。


心臓が速い。


「よーい。」


腰が上がる。


――パンッ。


一人が飛び出す。


笛。


「戻って!」


フライング。


その選手は失格になった。


隼が背中を見る。


「……失格?」


高瀬が遠くから。


落ち着け。


というように足元を指す。


隼はもう一度。


ブロックへ。


一回失敗したら終わる。


練習とは違う。


二度目。


「位置について。」


「よーい。」


――パンッ。


今度は。


隼が少し遅れた。


それでも追う。


三十。


四十。


五十。


一人。


また一人。


後半。


前へ。


ゴール。


電光掲示板。


11.96。


隼が見る。


「……11秒96。」


練習より遅い。


高瀬が来る。


「どうやった?」


「遅いです。」


「は?」


「練習より。」


「そらそうやろ。」


高瀬が笑う。


「電気計時やし。」


「スタートも遅れとった。」


顧問が近づく。


「まあ、こんなもんやろ。」


隼が眉を動かす。


「こんなもんですか。」


「全国行きたいんやろ。」


「はい。」


「なら、これじゃまだ遠いな。」


隼はもう一度。


11秒96を見る。


「……分かりました。」


顧問はそれ以上言わなかった。


隼が離れたあと。


高瀬が言う。


「先生、辛すぎません?」


「何が。」


「中一の五月で11秒96ですよ。」


「しかもあのスタートで。」


顧問は隼の背中を見る。


「せやからや。」


高瀬も見る。


「期待してるんですね。」


「誰が。」


「顔に出てますよ。」


「出てへん。」


高瀬が笑った。


翌日。


隼はスタートばかり練習した。


一歩目。


二歩目。


やり直す。


また。


もう一度。


顧問が言う。


「昨日スタート遅れたからって、そこだけ速くなっても意味ないぞ。」


隼が振り返る。


「分かってます。」


「百メートルは最初から最後まで全部や。」


隼が言う。


「じゃあ、全部速くします。」


高瀬が吹き出す。


「出た。」


顧問は笑わない。


「次、11秒5台出してみろ。」


隼が一瞬黙る。


「……11秒5台。」


高瀬が見る。


「それ結構きついですよ。」


「無理なら無理でええ。」


隼はブロックに足をかける。


「いや。」


「出します。」


一週間後。


手動。


11秒48。


高瀬が時計を見る。


「11秒48。」


隼の顔が変わる。


「いける。」


「何が。」


「11秒5台。」


「これは手動やぞ。」


「分かってます。」


「本番は電気。」


「分かってます。」


「スタートもある。」


「分かってます。」


高瀬が呆れる。


「じゃあ何でそんな嬉しそうなん。」


隼は時計を見る。


「縮んだからです。」


高瀬が笑った。


二度目の記録会。


今度は。


もうやることが分かる。


招集。


レーン。


ブロック。


呼吸。


「位置について。」


「よーい。」


――パンッ。


スタート。


今度は遅れない。


後半まで崩さない。


ゴール。


電光掲示板。


11.58。


高瀬が目を見開く。


「……マジか。」


顧問も数字を見る。


そして。


小さく拳を握る。


「よし。」


高瀬が横を見る。


「先生。」


「なんや。」


「めちゃくちゃ喜んでるじゃないですか。」


「うるさい。」


隼が戻ってくる。


顧問の顔は、もういつも通り。


「陸神。」


「はい。」


「言った数字は出したな。」


隼が少し笑う。


「はい。」


「でも。」


「まだ11秒5台や。」


「はい。」


高瀬は横で笑いを堪えていた。


帰り。


隼は何度も結果表を見る。


11秒58。


高瀬が覗く。


「まだ見よん。」


「見ますよ。」


「何回目。」


「分からんです。」


隼が顔を上げる。


「高瀬先輩。」


「ん?」


「11秒08でしたよね。」


「覚えとったん。」


「はい。」


隼。


11秒58。


高瀬。


11秒08。


差。


0.50秒。


「あと0.5秒。」


「簡単に言うな。」


「簡単とは言ってないです。」


隼が高瀬を見る。


「でも。」


「追いつけない数字には見えないです。」


高瀬の笑いが少し止まる。


しばらく歩いて。


高瀬が言った。


「0.5秒って。」


「今のお前が思っとるより、ずっと遠いぞ。」


隼が少し笑う。


「なら。」


「縮めます。」


高瀬も笑った。


「そう言うと思った。」

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