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『0.01秒の先へ ―中学生スプリンターの挑戦―』  作者: 最強の素人


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第五章 11秒08

正式に陸上部へ入った次の週。


隼は朝からトラックに立っていた。


「陸神。」


「はい。」


「今日からちゃんと陸上部のメニューやるぞ。」


「お願いします。」


高瀬が横で笑う。


「元気だけはあるな。」


「だけってなんや。」


高瀬が見る。


「……敬語。」


「あ。すみません。だけってなんですか。」


「まだ直らんな。」


練習が始まる。


ウォーミングアップ。


動きづくり。


流し。


スタート。


加速走。


細かい。


とにかく細かい。


「陸神、また上体起きとる!」


「はい!」


「返事より直せ!」


「はい!」


周りが笑う。


隼も笑う。


でも。


次の一本では少し変える。


また注意される。


また直す。


その繰り返し。


昼前。


隼がトラック脇に座り込む。


「……きつ。」


高瀬が隣に立つ。


「サッカーより楽やと思った?」


「ちょっとだけ。」


「甘いな。」


「思ってたより全然きついです。」


高瀬が笑う。


「でも楽しそうやな。」


少し考えて。


「はい。」


素直に答えた。


顧問が部員を集める。


「来月、記録会あるぞ。」


隼が顔を上げる。


「記録会?」


高瀬が見る。


「初めて聞いた?」


「はい。」


顧問が続ける。


「陸神。」


「はい。」


「お前も出す。」


隼の表情が変わる。


「百メートルですか?」


「そのつもりや。」


「出たいです。」


高瀬が笑う。


「初の公式戦やな。」


隼が聞く。


「ちゃんと記録に残るんですよね?」


「そこ気にするんや。」


「そこ大事やないですか。」


顧問が笑う。


「お前はほんま数字好きやな。」


隼は。


少しだけ嬉しそうに。


百メートルのゴールラインを見た。


記録会まで三週間。


隼の毎日は。


走ることで埋まっていった。


昨日できなかったことが。


今日は少しできる。


一歩目。


身体の角度。


腕振り。


後半。


同じ百メートルでも。


見るところが増えていく。


ある日。


高瀬が言った。


「今日は俺と一本走るぞ。」


隼の目が変わる。


「百ですか?」


「百。」


初めて高瀬と走った時。


0.2秒差。


あれから。


どれくらい縮まったのか。


スタート。


前半。


隼が食らいつく。


中盤。


高瀬が前へ出る。


後半。


差が開く。


ゴール。


顧問が時計を見る。


「高瀬、11秒3。」


隼の表情が止まる。


「……11秒3?」


「陸神、11秒74。」


隼は自分のタイムより先に。


高瀬を見る。


「前、11秒8でしたよね。」


「ああ。」


「なんで0.5も速くなってるんですか。」


高瀬は少し笑う。


「まあ……あの日は疲れとったからな。」


「……え。」


顧問が吹き出す。


「高瀬の11秒8、本気の自己ベストやと思っとったんか?」


「違うんですか?」


「11秒08。」


隼の目が大きくなる。


「……11秒08?」


高瀬が頭をかく。


「先生、言うんですね。」


「隠す必要ないやろ。」


隼は高瀬を見る。


ずっと。


少し速い先輩だと思っていた。


違った。


全国大会に何度も出る選手。


「……なんで最初に言ってくれなかったんですか。」


「聞かれんかったから。」


「いや、言うでしょ普通。」


「自分から言う方がダサいやろ。」


隼が笑う。


それから。


少し真面目な顔で聞いた。


「全国って、どんな感じなんですか?」


高瀬が考える。


「速いやつしかおらん。」


「それは分かります。」


「ほんまに分かっとる?」


笑ってから。


少しだけ声が変わる。


「地方なら、速いやつって何人かやろ。」


「全国は全員速い。」


「スタート遅れたら終わる。」


「後半少し崩れても終わる。」


「自己ベスト出しても普通に負ける。」


隼は黙って聞く。


怖い。


より。


見たい。


その気持ちの方が強かった。


「行きたい?」


「はい。」


即答。


高瀬が笑う。


「早いな。」


隼は言った。


「まず、高瀬先輩ですね。」


「は?」


「抜きます。」


高瀬が固まる。


そして笑った。


「お前、ほんま可愛げないな。」


「でも先輩には敬語です。」


「そこだけ成長したな。」

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