第四章 選んだ道
帰り道。
海斗が聞く。
「で。お前、どうすんの。」
「分からん。」
「珍しいな。」
「何が。」
「お前が分からんって言うの。」
隼は少し笑う。
「サッカーは好きなんよ。」
「知っとる。」
「辞めたいと思ったこともない。」
「それも知っとる。」
「でも。」
少し言葉に詰まる。
「今は、走る方も気になる。」
「気になるだけ?」
隼は黙った。
海斗が息を吐く。
「やっぱりな。」
「何が。」
「最近のお前見とったら分かる。」
「サッカー終わった瞬間、陸上部の方ばっか見よる。」
隼は返せない。
海斗が少し笑う。
「別に怒ってないで。」
「でも、陸上行くならちゃんと言ってくれ。」
「なんで?」
「ずっと一緒にサッカーしとったやん。」
隼が少し俯く。
「まだ決めてない。」
「分かっとる。」
海斗が見る。
「でも、お前たぶん行くやろ。」
「なんでそう思うん。」
「だって。」
少し笑って。
「陸上の話しとる時のお前。」
「めちゃくちゃ楽しそうやもん。」
隼は何も言えなかった。
その夜。
布団に入っても。
頭に浮かぶ。
11秒82。
10秒7台。
スタート。
フォーム。
自分がどこまで速くなるのか。
知りたい。
その気持ちだけが。
少しずつ大きくなっていった。
数日後。
隼はサッカー部顧問の前に立った。
「先生。」
「ん?」
「ちょっと話があります。」
顧問が顔を見る。
「おう。」
隼は息を吐く。
「俺。」
少し離れたところで。
海斗が見ている。
「陸上を。」
一拍。
「本気でやってみたいです。」
顧問は黙った。
「……そうか。」
やがて。
静かに言う。
「正直な。」
「お前にはサッカーでもかなり期待しとった。」
「一年からレギュラーで使うつもりやったし。」
隼の表情が曇る。
「すみません。」
「謝るな。」
すぐ返された。
「サッカーが嫌になったわけやないんやろ?」
「はい。」
「ならええ。」
顧問は少し笑った。
「本気でやりたいもんが見つかったんなら、本気でやれ。」
そして。
少しだけ声を強くする。
「中途半端は無しやぞ。」
「はい。」
「一番目指す言うたんやろ?」
「はい。」
「なら行ってこい。」
「どこまで行けるか、見せてみろ。」
隼は深く頭を下げた。
「ありがとうございました。」
話が終わる。
振り返る。
海斗。
目が合う。
「決めたんやな。」
「うん。」
「陸上?」
「うん。」
「そっか。」
それだけ。
「……怒らんの?」
「なんで俺が怒るん。」
海斗は少し笑う。
「そりゃ、寂しいけどな。」
隼の胸が少し詰まる。
「でも。」
「最近のお前見とったら分かるわ。」
「気持ちは、もう陸上行っとったやん。」
「そんな分かりやすかった?」
「めちゃくちゃ。」
二人とも笑う。
海斗が拳を出す。
「一番目指すんやろ?」
「うん。」
「なら、中途半端なとこで負けんなよ。」
隼が拳を合わせる。
「負けん。」
海斗が笑う。
「いや、そこはもうちょい謙虚に言えや。」
「なんでや。」
「まだ11秒82やろ。」
「知っとるわ。」
また笑った。
でも。
その笑いには。
少しだけ寂しさが混じっていた。
翌週。
入部届。
陸上部顧問が受け取る。
「ほんまに決めたんやな。」
「はい。」
「分かった。」
「今日から正式に陸上部や。」
「よろしくお願いします。」
高瀬が振り返る。
「お。」
目が合う。
「来たな。」
「来ました。」
「もう見学ちゃうぞ。」
「はい。」
「途中で逃げんなよ。」
「逃げません。」
「言うやん。」
隼はスタート地点へ向かう。
少し前まで。
ただ眺めていた場所。
今は。
自分の場所になった。
11秒82。
全国トップ。
10秒7台。
遠い。
でも。
縮めればいい。
顧問の声。
「位置について。」
隼が構える。
「よーい。」
静かになる。
「スタート!」
隼が飛び出した。




