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『0.01秒の先へ ―中学生スプリンターの挑戦―』  作者: 最強の素人


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第二章 最初の百メートル

次の日。


サッカー部の練習が終わると。


隼は一人でグラウンドに残った。


今度は五十メートルではない。


百メートル。


距離を測る。


スタート位置を決める。


ゴール付近にはスマホ。


前と同じように動画を回す。


初めて百メートルを全力で走る。


少しだけ緊張した。


「よし。」


スタート。


最初の五十メートルは悪くない。


そのまま最後まで走り切る。


ゴール。


呼吸を整えながら動画を確認する。


何度か見直す。


「……12秒2くらい。」


昨日聞いた数字。


11秒9。


大まかな計測とはいえ。


差は0.3秒ほど。


「……思ったより近いな。」


遅くはない。


でも。


自分より速いやつがいる。


悔しい。


それ以上に。


面白かった。


あと0.3秒。


その差を。


どうすれば縮められるのか。


隼には、まだ分からない。


視線の先には。


陸上部のトラックがあった。


翌日。


サッカー部の練習後。


隼は陸上部の練習を眺めていた。


「十一秒八!」


「十二秒四!」


「十二秒一!」


次々とタイムが読み上げられる。


隼は無意識に、自分の12秒2と比べていた。


「何しよん?」


後ろから海斗。


「まだ帰ってなかったん?」


「それ俺のセリフや。」


海斗が隼の視線の先を見る。


「また陸上部?」


「……うん。」


「最近好きやな。」


少し黙って。


隼が言った。


「昨日、百メートル測った。」


「マジで?」


「12秒2くらい。」


「速いやん。」


「でも、あいつ11秒9やろ。」


「0.3秒やん。」


「その0.3秒が、どうやったら縮むんか分からん。」


海斗は一瞬、隼の顔を見る。


そして笑った。


「聞けばええやん。」


「誰に?」


「そこにおるやん。」


顎で陸上部を示す。


隼は少し迷った。


でも。


分からないなら、聞けばいい。


それだけだった。


「すみません。」


陸上部顧問が振り返る。


「ん?」


「百メートルって……どうしたら速くなるんですか?」


顧問は目を丸くした。


隼の足元。


サッカー部のスパイク。


「君、サッカー部やろ?」


「はい。」


「百メートル何秒?」


「自分で測って、12秒2くらいです。」


「12秒2?」


近くの部員も振り向いた。


「一回、走ってみるか?」


「え?」


「ちゃんと百メートル。」


隼の表情が変わる。


「いいんですか?」


「ええよ。」


その時。


昨日11秒9を出していた男子生徒が口を開いた。


「先生、俺も一緒に走っていいですか?」


「ええよ。」


男子生徒が隣のレーンへ入る。


「俺、三年の高瀬。」


「陸神です。」


「サッカー部やろ?」


「はい。」


「12秒2なら結構速いやん。」


隼は高瀬を見る。


――11秒9。


昨日から頭に残っていた数字。


その0.3秒が。


今、隣にいる。


二人がスタート位置につく。


「位置について。」


「よーい。」


「スタート!」


二人が飛び出す。


ゴール。


隼は膝に手をつき、大きく息を吐いた。


「何秒ですか?」


顧問がストップウォッチを見る。


「高瀬、11秒8。」


続いて。


「陸神、12秒0。」


「……12秒0。」


昨日より速い。


けれど。


隼が見たのは高瀬だった。


11秒8。


自分は12秒0。


「……あと0.2。」


高瀬が振り返る。


「ん?」


「0.2秒縮めたら、追いつけるんですよね。」


顧問が少し驚く。


「まあ……数字だけ見ればな。」


「その0.2秒って、どうやったら縮まります?」


高瀬が笑った。


「お前、負けたことよりそっちなんや。」


隼は首を傾げる。


「だって、あと0.2やろ?」


顧問が口を開く。


「短いと思っとるやろ。」


「……はい。」


「百メートルの0.2秒は、そんな簡単やないぞ。」


スタート。


加速。


フォーム。


後半。


顧問が一つずつ挙げる。


高瀬も言った。


「さっき、七十くらいからちょっと崩れとった。」


「分かるん?」


「分かる。」


「前半は速かった。でも後半、力んどった。」


隼は自分の走りを思い返す。


ただ全力で走ればいい。


それだけだと思っていた。


顧問が言った。


「速くなる方法知りたいなら、練習見てみるか?」


隼はトラックを見る。


スタート。


加速。


フォーム。


後半。


さっきまで。


全部同じ“走る”だった。


今は。


少し違って見えた。


「……見たいです。」


高瀬たちの練習を見る。


ブロック。


身体の角度。


腕の振り。


最初の数歩。


「……全然ちゃう。」


高瀬が笑う。


「見て分かる?」


「なんとなく。」


「なら結構ええやん。」


三十メートル。


加速走。


流し。


練習ごとに目的が違う。


気づけば。


隼は夢中になっていた。


「これ……俺もやっていいですか?」


顧問が振り返る。


「見学やなかったんか?」


「見てたら、やりたくなりました。」


高瀬が吹き出す。


「やっぱりな。」


「一回だけやぞ。」


「はい。」


スターティングブロックの前。


何も分からない。


高瀬が横にしゃがむ。


「前の足、もうちょい近く。」


「こう?」


高瀬が止まる。


「……先輩には敬語な。」


「あ、すみません。こうですか?」


「そう。」


隼が笑う。


高瀬も笑った。


走ってみれば。


全然できない。


「スタート遅い。」


高瀬が指摘する。


「身体すぐ起きる。」


「腕も力んどる。」


「後半も崩れる。」


隼が眉をひそめる。


「ボロボロやないですか。」


「そう。」


高瀬は即答した。


「それで12秒0なんよ。」


隼が黙る。


「ちゃんと走り方覚えたら……。」


高瀬が途中でやめる。


「いや。まだ分からんな。」


「なんですか、それ。」


隼が笑う。


高瀬も笑った。


「もう一回やらせてもらってもいいですか?」


顧問がため息をつく。


「一回だけ言うたやろ。」


隼が残念そうな顔をする。


「……明日も来るならな。」


「はい。」


返事だけは早かった。

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