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『0.01秒の先へ ―中学生スプリンターの挑戦―』  作者: 最強の素人


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第一章 走ることを知る

中学一年生、春。


寿山中学校、サッカー部の練習試合。


中盤でボールを持った海斗が顔を上げた。


右サイド。


隼が走り出している。


「行けっ!」


海斗が縦へスルーパスを蹴り出した。


――ヤバっ……。


蹴った本人が、すぐにそう思った。


ボールは隼の前を通り越し、そのままタッチライン際へ転がっていく。


「悪い……強すぎた!」


相手ディフェンダーも振り返る。


もう追いつけない。


そう判断したのか、速度を緩めた。


味方の何人かも足を止める。


完全なパスミス。


誰もが、そう思った。


ただ一人を除いて。


隼は走っていた。


一歩。


二歩。


三歩。


どんどんボールとの距離が縮まっていく。


「え……?」


海斗が目を見開く。


相手ディフェンダーも気づいた。


「うそやろ!」


慌てて追い直す。


けれど、もう遅い。


隼が追いついた。


ラインを割る寸前。


右足でボールを残す。


その勢いのまま、相手ディフェンダーの外側を抜いた。


「速っ!」


ゴール前。


隼は減速しない。


そのままペナルティエリアへ切り込む。


キーパーが前へ出る。


中央では味方が走り込んでくる。


相手選手も必死に戻る。


一気に局面が変わった。


さっきまで。


誰もがパスミスだと思っていたボールが。


隼の脚一本で――


決定機に変わっていた。


キーパーとの距離が一気に縮まる。


打てる。


隼自身も、そう思った。


けれど次の瞬間。


視界の端に、中央へ走り込んできた味方が入った。


隼は迷わない。


右足を振り抜く。


シュート――


ではない。


ゴール前を横切る、速いグラウンダーのパス。


「海斗!」


追いついてきた海斗が飛び込む。


右足で合わせた。


ネットが揺れた。


「よっしゃあ!」


海斗が叫ぶ。


味方が一斉に駆け寄ってくる。


「隼、今の何やねん!」


「普通あれ追いつかんやろ!」


「パス強すぎたと思ったわ!」


隼は息を切らしながら笑った。


「俺も、ちょっと無理かと思った。」


「ちょっとかよ!」


笑い声が広がる。


少し離れたところで、顧問だけは笑っていなかった。


隼の走った右サイドをじっと見ている。


そして、小さく呟いた。


「……あいつ、また速くなっとるな。」


試合が終わった。


片付けを終えた部員たちが、次々とグラウンドを出ていく。


「隼、帰ろうぜ。」


海斗が声をかける。


「先行っといて。」


「また残るん?」


「ちょっとだけ。」


「好きやなあ、お前も。」


海斗は呆れたように笑い、そのまま校門へ向かった。


グラウンドに残った隼は、倉庫からメジャーを取り出した。


地面に二本の印をつける。


その距離――五十メートル。


ゴール付近にスマホを置き、動画を回す。


一人で測るだけの、大まかな記録。


それでも以前の自分と比べるには十分だった。


スマホには、一年ほど前に同じ方法で測った記録が残っている。


7秒3。


隼は時々、こうして自分のタイムを確かめていた。


速くなったのか。


遅くなったのか。


数字なら、すぐ分かる。


スタート地点に立つ。


一度、息を吐いた。


「……よし。」


スタート。


一気に地面を蹴る。


腕を振る。


前だけを見る。


五十メートルを駆け抜ける。


息を整えながらスマホのところへ戻り、動画を確認した。


「……6秒8くらい?」


何度か見直す。


大まかな計測とはいえ。


去年の7秒3とは明らかに違う。


「マジか……。」


思わず笑みがこぼれた。


毎日のサッカーが効いたのか。


身体が大きくなったからなのか。


それは分からない。


でも。


速くなっている。


それだけは分かった。


隼は再びスタート地点へ戻る。


「……もう一回。」


今度は偶然じゃない。


そう確かめたかった。


二本目。


また動画を確認する。


「……6秒9くらい。」


一瞬、黙る。


そして笑った。


「やっぱ速くなっとる。」


一回だけなら、測り方のズレかもしれない。


でも二回続けば。


少なくとも去年とは違う。


サッカーなら、自分がいいプレーをしても勝てない日がある。


逆に。


自分が何もできなくても勝つ日もある。


けれど。


この数字は、自分一人のものだった。


隼はスマホを見つめながら呟いた。


「……もっと速くなれるかな。」


翌日。


サッカー部の練習を終えた隼は、海斗と一緒に校舎へ戻っていた。


「今日コンビニ寄って帰らん?」


「ええよ。」


そう答えた直後だった。


「十二秒三!」


グラウンドの反対側から声が聞こえた。


隼の足が止まる。


「十二秒一!」


また声が飛ぶ。


陸上部だった。


スタートラインに一人の男子生徒が立っている。


少し離れたところでは、顧問らしき先生がストップウォッチを持っていた。


「何見よん?」


海斗が振り返る。


「いや……。」


合図。


男子生徒が飛び出した。


百メートル先まで一直線。


「十一秒九!」


その数字に。


隼が反応した。


「……十一秒九。」


「何?」


「百メートルやろ?」


「そうやない?」


「十一秒九って速いん?」


「知らん。」


海斗は興味なさそうに答える。


「行こうぜ。」


「ああ。」


歩き出す。


けれど。


隼は一度だけ振り返った。


――百メートル。


自分が走ったら。


何秒なんやろう。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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