第14話:ポンコツ令嬢との衝突と、柔らかすぎるクッション
昼休みを告げるチャイムが鳴り終わり、生徒たちが食堂や中庭へと散っていった後の渡り廊下。
午後の授業の準備で資料室へ向かっていた俺は、誰もいない静かな廊下を足早に歩いていた。
最近、幼馴染やら先輩やら後輩やらに振り回されっぱなしで、俺の理性は常にすり減っている。一人になれるこの時間は、ある意味で貴重な休息時間だった。
だが、俺のそんなささやかな平穏は、次の角を曲がった瞬間に粉々に打ち砕かれることになる。
「きゃあっ!?」
「うおっ!」
ブラインドコーナーになっていた曲がり角。
そこから飛び出してきた人影と、俺は真正面から激突してしまった。
ドンッ、という鈍い衝撃。
相手の華奢な身体が弾き飛ばされそうになるのを、俺は反射的に手を伸ばして抱きとめた。しかし、勢いを殺しきれず、俺たちはそのまま床へと倒れ込んでしまう。
「いっつ……大丈夫ですか?」
背中を床に打ち付けた痛みに顔をしかめながら、俺は自分の上に乗っかっている人物に声をかけた。
「い、痛いですわ……いったいどこの不届き者が、わたくしの行く手を……って、天道湊!?」
金糸のように美しいブロンドの髪を揺らし、俺の胸ぐらを掴むようにして顔を上げたのは、学園の最大出資者の令嬢であり、誰もが道を譲る高飛車な『悪役令嬢』ポジション。
西園寺麗華だった。
「西園寺……悪い、よそ見してた」
「当然ですわ! このわたくしにぶつかるなんて、万死に値します! さっさとどきなさ……ひゃんっ!?」
勢いよく立ち上がろうとした麗華だったが、足首を捻ったのか、短く可愛らしい悲鳴を上げて再び俺の上に崩れ落ちてきた。
そして、悲劇は起こった。
「むぐっ……!」
倒れ込んできた彼女の顔を受け止めるわけにもいかず、俺が咄嗟に顔を逸らした結果。
麗華の顔は俺の肩口へ、そして、彼女の胸元の『最も柔らかい部分』が、俺の顔面に真正面から押し付けられる形になってしまったのだ。
「……っ!?」
息を呑んだ。
特注であろう、上質なシルクが使われた高級なブラウス。その滑らかな生地越しに伝わってくるのは、彼女のスレンダーな体型からは到底想像もつかない、暴力的なまでの圧倒的な柔らかさと質量だった。
顔全体が底なしのクッションに沈み込んでいくような錯覚。
そして、鼻腔をこれでもかと満たす、高級ブランドのダマスクローズの甘く高貴な香り。
「あ……っ、ちょ、ちょっと……!」
状況を理解した麗華の顔が、みるみるうちに沸騰したように真っ赤に染まっていく。
しかし、彼女は慌てて離れようとするものの、捻った足に力が入らないのか、もがけばもがくほど、俺の顔に押し付けられた双丘がむにゅり、むにゅりと形を変え、極上の摩擦を生み出してしまう。
「な、何をしてますの! 早く離しなさい! この、変態! 痴漢! むっつりスケベ!」
「理不尽すぎるだろ! 俺は下敷きになってるだけだ! そっちが早く退いてくれ!」
「退きたいですわよ! でも、足が……足に力が入らないんですの……っ」
涙目になりながら抗議する麗華だが、その声は普段の高飛車なものとは違い、どこか甘く震えていた。
さらにマズいことに、彼女が俺の上で身じろぎをするたびに、指定の丈よりも少し長めの上品なスカートがめくれ上がり、ガーターベルトで吊られた白い太ももが俺の腰の辺りに生々しく擦れ回っている。
「あっ……んんっ……」
俺の顔に胸を押し付けたまま、麗華の口から微かに甘い吐息が漏れた。
彼女自身も、この密着状態による熱と刺激に、次第に身体の力が抜けてしまっているようだった。
「西園寺、ちょっと落ち着け。俺が身体を起こすから……」
「だ、ダメですわ! 今動いたら……もっと、変なところ、当たっちゃいます……っ」
麗華は俺の制服をギュッと強く握りしめ、顔を真っ赤にして首を横に振った。
普段は誰に対しても高圧的で隙を見せないお嬢様が、今は完全に涙目で、俺の胸にすがりつくようにして震えている。そのギャップが、俺の庇護欲と、そして男としての本能を激しく煽り立ててくる。
「天道湊……わたくしにこんな恥ずかしい思いをさせたこと……絶対に、責任とっていただきますわよ……」
耳元で、甘く濡れた声が囁かれる。
それは怒りの言葉のようでいて、その実、完全に熱を帯びた誘惑にしか聞こえなかった。
誰もいない渡り廊下。
ローズの香りと極上の柔らかさに包まれながら、俺の理性はまたしても、音を立てて崩壊していくのだった。




