あいウィーゼル 其ノ貮③
「……僕の自己紹介は不要だよな。何で知ってるのかは知らないけど」
「はい、不要です。古門暁先輩、変態レッドです」
「だからスーパー変態から離れろって!」
「ちなみにレッドは、レッドカードのレッドと同じ意味です」
「危険者扱いじゃねーか! そんなやつがリーダーでいいのかよ!」
ついツッコミを入れてしまう僕だった。
そんな僕は一旦退場してもらおう。
サッカーだったら二度と戻ってこれないけどな。
「……ところで、別に構わないんだけどさ、何で僕のこと、名前呼びなの?」
「あれあれ? 気になっちゃいます? そこ、気になっちゃいますか先輩?」
「いや、そう言われると気にならなくなった」
気にならないどころか、気に入らない。
煽られている気がしてちょっとイラッとするほどだ。
「タマタマー、じゃなかった、またまたー。『もしかしてこの子、僕に気があるんじゃ?』とか何とか淡い期待に胸を躍らせていたんじゃないですか? 心の中で暁ジュニアが小躍りしてたんじゃないですか?」
まぁ、そう思わないでもなかった。
これは誰でも少しはそういう思いを抱くだろ?
初対面なのに後輩がいきなり名前呼びしてくるなんて、好意かハニートラップのどちらかしかないじゃないか。
今回はと言えば、雰囲気からして前者ではなさそうなので、これから僕は何らかの罠に嵌められるということになるのだが――
やっぱり壺を買わされるのだろうか。
「まあまあ、そう怒らないでください。かわいい後輩の茶目っ気くらい、笑って許してくださいよ。ご笑納くださいですよ。それに、私が暁先輩を名前で呼ぶのに、大した理由なんてないですよー」
「じゃあどんな理由なんだ?」
「ホントに大したことじゃないんですけど、古門って肛門に似てるじゃないですか? だから言いたくないんです」
「それは表記の話だろうが。口で言う分には『こ』しか合ってねーよ。最後も『かど』と『もん』で全然違うじゃねーか。人を肛門呼ばわりすんじゃねーよ」
「なので一旦肛門のことを忘れるじゃないですかー? そしたら今度は、古門が股間に似てることに気づいたんですよ。だから名前で呼ぶことにしたんです」
「股間の方が口で言う分には似てるけども。一字しか違わないけども。古門本人でもそんなこと、今の今まで気づかなかったよ。きっとお前の心が下品なんだと思うぜ。そして今後僕を下扱いするなよ」
この子はもう少し恥じらいを持った方がいいだろう。
僕としては面白いからいいんだけど、世間はきっと許さない。
せっかくの美人が台無しだと、そう言うだろう。
しかし結局のところ、蓋を開けてみれば好意でもなければハニートラップでもなかった。
まぁ今回は特殊と言うか例外のような気もするけども。
ではこの例外にあえて呼称を付けるとするならば、マヌカハニーならぬ間抜けハニー、とでも名付けようか。
うん、やっぱり僕にボケのセンスはないな。
穴があったら入りたい。
「肛門ですか?」
「誰が肛門だよ。うるせーよ。ってか人の心を読むな!」
「心外です! 穴があったら入りたいって言ったのは暁先輩じゃないですか! 後輩に暴言を吐くような先輩は人外です!」
どうやら口に出ていたらしい。
それなら確かに、先輩として恥ずべき言動だったかもしれない。
自省して自制しよう。
「……それで、ようやく本題に入る、と言うか戻るんだけどさ、飯綱は僕に何の用があるんだ? まさか僕と雑談したかったってわけじゃないんだろ?」
「そうですね、暁先輩との雑談が楽しすぎてついそっちのけになってしまいましたけど、ちゃんと用事はありますYO!」
何でいきなりラッパー口調なんだよ。
これ以上ツッコミを入れるといつまで経っても本題に入れなくなりそうなので、ここはスルーするとしよう。
「その用事ってのは何だ?」
「暁先輩、最近媛野先輩と仲いいですよね」
「媛野? まぁ、仲良くさせてもらってるけど、それがどうかしたのか?」
なぜここで唐突に媛野の名前が出てくるのかは分からないけれど、とりあえず僕はありのままを伝えた。
「それは、友達として、ですよね?」
「ん? そりゃな。僕が媛野と釣り合うことなんて有り得ないし、媛野が僕を選ぶとも思えないからな」
「そうですか。それなら一安心です。ですが――」
そこで言葉を切った飯綱の表情から、陽の気配というものが寸毫残さず消え失せた。
チャームポイントとも言うべきその大きな目は今やかわいげを失い、僕を射殺さんとばかりに爛々としている。
「もしその一線を超えるようなことがあれば、分かってますよね?」
僕はその豹変ぶりに恐れ慄き、コクリと頷くことしか出来なかった。
「肛門に――全身の穴という穴に煮えたぎる灼熱の棒をぶち込んで、股間のブツは研ぎ澄まされた包丁で一刀両断しますから。つまり暁先輩に待っているのは――」
溜めのような一瞬の間に飯綱は僕に詰め寄り、喉元に指を――陽キャ女子高生らしい鋭利な爪を突き立てる。
「拷問、DEATH!」
そう言うと、彼女はくるりと身を翻して去っていった。
僕は今日まで、美人に拷問を受けるのはむしろ望むところだとさえ思っていたけれど、その考えは甘かった。
激甘だった。
パンケーキにハチミツとホイップクリームとチョコレートソースをかけるよりも、甘々だった。
僕は考えを改めざるを得ない。
まだ彼女から体罰を受けたわけでもないのに、ただ警告(プレイで言うなら言葉攻め?)を受けただけだと言うのに、僕は既に失禁しそうなほど恐怖に打ちのめされていた。
ラッパーよろしく『YO!』なんて言っている場合ではない。
僕は今『KO』寸前だった。




