あいウィーゼル 其ノ參①
「ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけどね」
翌日の昼休み、僕がいつものように昼食を終えて突っ伏していると、珍しく媛野がやって来たのでしばらく雑談していると、丁度話が途切れたタイミングで媛野がそんなことを言い出した。
計ったようなタイミング、と言えば計ったタイミングのように感じてしまうけれど、元々媛野という才女は隙が無いと言うか如才ないやつで、全てにおいて時宜を得ているところがあるので、これは単に僕の深読み――と言うより愚考だろう。
「何だよ、改まって。お前の話ならいくらでも聞くぜ? 日々更新されているお前のスリーサイズなんて、何万回聞いても耳に胼胝ができない自信があるな」
「何で改まってまでスリーサイズの話をしなきゃいけないのよ。いや改まらなくてもしないけど」
「じゃあ、最近ちょっとキツくなってきたからブラジャーを新調したって話か?」
媛野が咄嗟に右腕で胸を隠す。
「……何で知ってるの、怖いんだけど」
「ふっ。僕を誰だと思ってるんだ。微小の変化も見逃すまいと片時も目を離すことなく、その巨大な雪見だいふくを日夜監視し続ける凄腕研究員だぞ」
「ただの変態だよ」
「僕の飽くなき探求心が疼いて仕方がない。願わくば、触手確認もさせていただきたいのだが」
「タコ殴りにするよ?」
うーん。
どうやらお触りは禁止らしい。
まぁ見るだけでも十分眼福だから、全然いいんだけど。
二大名峰を無料で見放題だなんて、天下のネットフリックスに勝るとも劣らない、素晴らしいサービスだぜ。
「で、聞いて欲しいことってのは何なんだ?」
「うん、それがね、最近ちょっと困ってることがあって」
「ん? この前新調したんだから解決したんじゃないのか?」
「いや、私の胸の話じゃないから。私がしたいのは後輩の話だから」
「後輩? そりゃまた藪から棒と言うか、出し抜けもいいところだな。今までお前から『後輩』なんてワード、聞いたことなかったけど」
と言っても、我が校随一と言っていい才色兼備の彼女である。
当然の如く下級生には慕われるだろうし、後進育成にも抜かりないことだろう。
その辺りから推測するに、ちょっと手のかかる後輩がいるから愚痴を聞いて欲しい、そんなところだろうか。
彼女も優秀とは言え人間である。
たまにはガス抜きをしたいということなのだろう。
その相手役に僕が抜擢されたというのだから、喜んで拝命しよう。
「今までは取り立てて話すような子じゃなかったんだよ。本当に単なる後輩の一人って感じだったの。それが最近、やたらスキンシップを取ってくるというか、引っ付いてくるというか、とにかく隙あらばって感じでね。そりゃ先輩としては慕ってくれるのは嬉しいんだけど、度が過ぎると、ね? もうおなかいっぱいって感じで」
「なるほどな。じゃあ僕がお前の代わりをすればいいんだな?」
「それはどう足掻いても無理でしょ」
「そうだよな。それなら、後輩の代わりを僕がすればいいのか」
「それは警察沙汰だよ。分かってはいたけど、私は話す相手を間違えたね」
辛辣――と言いたいところだけど、今回は媛野の意見に同意だ。
自虐になってしまうけども、事実として、僕におおよそ後輩と呼べるような知人がいないのだ。
僕にとって空想上でしか存在しない後輩の、普通のスキンシップというものがどの程度のもので、どこまでいけば度が過ぎることになるのか、僕には見当が付かなかった。
さすがに、いきなり背後から抱きついてこの大きな胸を揉みしだくとか、スカートを捲って不特定多数の生徒にパンツをお披露目させるとか、そういうもはや犯罪とも言うべきスキンシップは度が過ぎているというのは分かるけれど。
まぁそんな後輩はいないだろうけれど。
いるとすれば、僕ぐらいのものだろう。
「相談相手としては間違えてるかもしれないけど、話す相手は間違えてないだろ。僕たち、親友だぜ?」
「でも今は親友と言うより深憂だよ。古門くんの将来と、古門くんといる私の外聞が」
いやはや、これまた手厳しい意見ではあるがごもっともである。
だが最も憂慮すべきは、自虐的だけれども、僕を親友とする媛野の交友にこそあるような気がする。
本当に、自分で言うのもなんだけれども。
「……心配をお掛けしていることは謝罪するとして、その後輩ってのはどんな子なんだ?」
「あ、うん。一年生の飯綱愛ちゃんっていうんだけど――」
いや、うん。
なんとなく、なんとなくではあるけど、薄々気づいてはいたんだ。
『後輩』って言葉を聞く度に、昨日のあの光景が浮かんできては僕の体をブルつかせていたんだけど、媛野の言う『後輩』がまさか本当にあの子だとは思っていなかった、と言うより思いたくなかった。
そうではないと祈っていた。
が、どうやら現実はそう甘くないらしい。
だがそうと分かれば、僕の行動も自ずと決まる。
静観だ。
この件に僕は関わるべきではない。
いや、関わってはいけない。
僕の第六感が警鐘を鳴らしている。
僕の頭の中でサイレンが鳴り響いている。
とにかくあの目は、尋常のそれではなかった!
少しでも手を出そうものなら、きっとあの子の拷問を受けることになるだろう。
親友の媛野には悪いが、親友として恥ずべき行為ではあるが、今回は適当に話を流して、後はせいぜい、同情と激励の言葉を述べるに留めよう。




