あいウィーゼル 其ノ壹
気づけば、あっという間に一か月が経とうとしていました。
これでは連載とはとても言えませんが、どうかご寛恕ください。
前置きはともかく、『第四話 あいウィーゼル』です。
どうぞよろしくお願いいたします。
学校からの帰り道――つまり下校中、僕と同じ学校の制服を着た男女二人が、肩を並べて歩く姿を目にすることがある。
高等学校という年齢を同じくした男女を一所に集めている性質上、その光景は何ら不思議ではないのだが、僕――古門暁が言いたいのはそういうことではない。
今僕の視界に映るその男女は、それはもう仲睦まじく、比翼連理という言葉がぴったりな、おしどり夫婦の未来が透けて見えるような、二人の空間だけが桃色に見えるような、幸せオーラ全開で笑い合う二人。
友人という間柄ではないことが一目瞭然であるその一線を超えた関係、おおよそ学生にとって憧憬と言うか垂涎とも言うべき関係――
彼ら、彼女らは、付き合っているのだろう。
男女交際。
恋愛関係。
見るは見るでも文章で見れば、自分にはまるで関係のない遠く離れた男女が幸せな時を過ごしているのだと、何だかほっこりとした気持ちになるものだが、文章ではなく光景として、肉眼で見てしまうと、その印象はガラリと変わる。
目の当たりにしたからと言って、その男女と自分に関係があるわけではない(今回で言えば同じ高校に通っているので全く関係がないということもないが、少なくとも交友関係はない)のに、打って変わって、その惚気に嫌気が差してくる。
正直、この手の話にまるで縁のない僕としては、うんざりを通り越してイラッとしてしまう。
まぁこれは、縁がないからと言うよりも、僕の器が小さいだけなのかもしれないけれど。
とは言え、得てして人間という生き物は、持っているものよりも持っていないもの――特に、失ったものに目がいきがちで、羨望を抱きやすいという性質はあると思う。
だがその羨望という感情は、実に危うい。
千里の堤も蟻の穴からではないけれど、取るに足らないちょっとした事で、きっかけ一つで反転する(反転そのものが僕にとっては自戒だったりするのだけれど、それはまた別の話)。
羨望が、嫌悪や憎悪に。
羨みが、恨みに。
たった一文字で反転してしまうほどの紙一重、薄氷を踏むようなギリギリの上で、その感情は成り立っているのだ。
と、訓戒じみたことを言っているけれど、そんな大仰な話では全くもってない。
相思相愛の男女を目の当たりにした僕が、羨みを通り越して妬み嫉みやっかんでいることを、まるで人間の性であるかのように語り、僕の矮小さを誤魔化し、あまつさえ正当化しようとしただけなのだ。
なのでこの際、言おう。
言ってしまおう。
包み隠さず、
明け透けに。
つまり、僕が抱いた感情というのは、端的に言えば、
いいなぁー。
である。
僕は一介の男子高校生に過ぎないけれど、言い換えればそれはいっぱしの男子高校生ということであって、欲がないということではない。
控えめに言って、ある。
否、あり余るほどに、ある。
恋の一つや二つしてみたいと思うし、高校生のうちに経験しておきたいとも思う。
時代劇よろしく着物の帯を引っ張って彼女をくるくる回したいし、野球拳だってしたいし、その後にはツイスターゲームだってしたい。
そして何より、欲まみれの分際で図々しく欲を言わせてもらえれば――
卒業までに卒業したい。
何をとは言わないが、お歴々には言わずもがなであろう。
察して欲しい。
例え天涯孤独の身であろうとも、僕は魔法を使えないのに魔法使いだと揶揄されたくはないのだ。
いつの間にか羨望ではなくて欲望の話になっていたけれど、僕の欲望を恥ずかしげもなく詳らかにしたところでお分かりいただけただろうけれど、こんな調子なので、中坊みたいな僕にはきっとガールフレンドなんてものは出来ないのだ。
残念ではあるが、観念しているし、諦念している。
僕の邪念と妄念は、どうにもならへんねん。
いやはや、無念。
と、沸きに沸き混じりに混じった羨望やら欲望やら邪念やら妄念やらの雑念を抱えながら、前を行く愛念に満ち満ちた男女を茫然と眺めていると、背後から声がした。
「暁せーんぱい!」
それは清純な女子高生をぎゅっと詰め込んだような、爽やかでかわいらしい声だった。
その声の主が、僕の名前を呼んだのだ。
あろうことか『暁先輩』と!
せんぱいは期待におっぱいを膨らませながら、後ろを振り向く。
どうやら僕にも春が来たのかもしれない。
青い春というやつが。




