このはフロッグ 其ノ終②
「でも、このはちゃん。幽霊だってことがバレても平気だってのは、ちょっと危機意識に欠けると思うよ?」
「なん? なんでなん?」
「だってほら、世の中には除霊出来たりする人がいるだろ? 僕の友達にも一人そういうやつがいるんだけど、そういうやつに知られたら、祓われたりするかもしれないよ?」
「……はわ」
「はわ?」
このはちゃんは震えていた。
ギョロギョロと目が泳いでいた。
それはもう、打ち上げられた鰹のようだった。
「……あ、あわ、はわ、はわわ、はわわわわ――」
あ、あれ?
もしかして、このはちゃん、動揺してる?
マ、マズい。
マズいよ、この展開。
このままだと、例の霊の力が発動してしまう!
「だ、だだ、大丈夫! 大丈夫だよ、このはちゃん。おち、落ち着いて。ししししっかり、気を確かに持って」
「こ、このは……」
このはちゃんは、今にも泣き出しそうだった。
だからダメだって!
泣いたら発動しちゃうって!
「大丈夫だよ。お兄ちゃんがついてるから何も怖くないよ。ほら、何でも言ってごらん」
「このは、幽霊じゃないですん」
「……」
「……」
このはちゃん、どうやら幽霊であることがバレた時のデメリットに、気づいていなかったようである。
それはそれはクリティカルなデメリットに、気づいていなかったようである。
「もう遅いよ」
「なーーーーん! まだこのははここにいたいん。いたいんですん。どうか、どうか告げ口だけはしないでくださいん。何でもしますから、見逃してください、お兄様」
お兄様!!
何という、甘美な響き。
まるで僕の心の汚れが洗い流されていくようだ。
幼気でかわいい少女にいじらしく言われては、これはもう、控えめに言って――
たまらん!!!
「もう一度言ってみようか?」
「なん?」
「僕のこと、もう一度読んでみようか」
「……お兄様」
うむ。
至高である。
「最後にもう一度」
「お兄様!」
今日はなんていい日なんだ!
昨日までの苦労が吹っ飛ぶほどの、望外の幸福!
あぁ、神よ。
これは昨日までの苦労に対し、寛大な御心によってお与えくださったお慈悲とお見受けいたしました。
心から、心から感謝を申し上げます。
「もちろんだとも! このはちゃん、安心して。僕はこのはちゃんの兄だ。兄がかわいい妹を売るような真似なんてするわけがない。このはちゃんのことは、このお兄様が、一生守ってあげるからね。だから、これは僕とこのはちゃん、二人だけの秘密だよ」
「分かりましたん。お兄様」
やっぱり何度聞いても素晴らしい。
お兄様、最高!
「じゃあ僕、そろそろ帰るよ」
「分かったん。気をつけて帰るん」
僕は気分高らかに帰路に着いたのだった。
このはちゃんは、幽霊である。
しかし、彼女の心が跳ね馬のように揺れ動くことさえなければ、なんてことはない、ただの少女と何ら変わりないのだ。
これなら確かに、わざわざ祓うほどの幽霊ではないだろう。
きっと僕はこれからも、例の公園に行く。
霊のこのはちゃんに会いに行く。
それは決して、早すぎる彼女の死を憐れんでのことでも、哀れんでのことでもない。
そんな安っぽい同情なんて、彼女は望まないだろう。
そんなことをすれば、『同情するなら金をくれ』とでも言われそうである。
僕が彼女に会いに行くのは、ただの私利私欲――僕が楽しいから行くのだ。
彼女がなぜ霊になってまでこの世に残ったのかは分からない。
もしかしたら理由なんてないのかもしれない。
齢五、六歳の少女なのだから、ただ単に死ぬのが怖かっただけ――というのは十分に有り得る話だ。
だから、僕が楽しいと思う気持ちを彼女も抱いてくれたなら、ただひたすらに楽しむことを存在意義としてくれたら。
それは、義兄冥利に尽きるというものだ。
「ただいまー」
玄関のドアを開けて、土間へと入っていく。
もう反転することはない。
それでもやはり安堵はする。
彼女と会った日は、当分不安に駆られるだろう。
「あれ?」
靴を脱いで廊下に両足を着いてから、僕は違和感に気づいた。
「靴下、違うの履いてる」
左足は灰色。
右足は白色。
僕は左右で別の靴下を履いていたのだ。
思わず失笑する。
「反転――ではないな」
僕の失点だった。
これはこのはちゃんのせいでは――せいにしたら、罰が当たるな。
怪我の功名ではあるけれど(?)、これで彼女の力の発動条件も立証することが出来たのではないだろうか。
やっぱり彼女は――
触らぬ蛙に祟りなし。
第三話『このはフロッグ』でした。
いかがだったでしょうか?
(自画自賛ですが)個人的には、キレのいいボケをかませたのではないかと思っています。
少しでもくすっと笑ってしまった方がいらっしゃれば、私の勝ちです。
第四話も構想を練っているところですので、それまでしばしのお別れです。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




