このはフロッグ 其ノ玖⑤
「そっか。さすが非科学的な存在というだけあって凄い力だとは思うけど、自分の意識下で使えないっていうのは不便と言うか、このはちゃんのことを考えると不憫だな」
「そう憐憫せずとも良い。本来、力なんぞないほうがいいんじゃ。なまじ力があると欲が出るしの。それに、もし意図的に力を使えておったら、今頃は儂に祓われておったかもしれんのじゃから」
「それはまぁ、確かに」
力を持たない僕としては、その超能力に羨望を抱いてしまうし、だからこそ不完全さが目について嘆きたくもなるのだけれど、どうやらこのはちゃんは、その不完全さによって救われたようだ。
「それでも貴様が少女かわいさに情けをかけると言うのなら、そやつに力を使わせんようにしてやることじゃな」
「そうだな。僕に出来ることなんて、それぐらいしかなさそうだ」
望むと望まざるに拘わらず、その力によって人に危害を加えてしまえば、どうしたって悪霊扱いされてしまう。
だがそれを望んでいないであろうこのはちゃんのことを思えば、それだけは、そんな不名誉なことは、出来る限り避けてあげたい。
「儂が教えられるのはこのくらいじゃの」
「ありがとう。本当に助かったよ。今度来る時は、お礼にたくさんお菓子持ってくるよ」
「おぉ、それは良い心掛けじゃ。欲を言えば今すぐにでも買ってきて欲しいところじゃが、生憎貴様は店に入れん身じゃからの、我慢するとしよう」
今更言わずもがなではあるが、魅子の言う通り、僕は日付が変わるまで建物の中に入れない。
しかし、いい加減腹が減ってきた。
午前零時までの辛抱ではあるし、一晩ご飯を抜いたところで死にはしないけれど、言っても僕は食べ盛り、育ち盛りの男子高校生である。
空腹を我慢するというのは、正直かなり辛い。
腹の危機だけに、背に腹は代えられない。
苦肉の策ではあるが、家を追い出されたとか何とか理由を付けて媛野を頼るか。
「そういうことだ。じゃあ僕はそろそろお暇するよ」
「なんじゃ? 建物の中に入れんと言うのに、どこに行くというんじゃ?」
「別に建物の中に入れなくたって、時間を潰す方法はいくらでもあるだろ?」
「ほぉ、なるほどなるほど。それは確かにの。野外で欲を満たすというのも、また一興というわけかの」
「おい、いかにも如何わしい含みのある言い方をするな。欲は欲でも、僕が満たすのは食欲だ」
「儂はそんなつもりでは言うておらんぞ。如何わしいと思う貴様の心が汚れておるんじゃ」
「じゃあ何をイメージして『野外で食欲を満たす』って言ったんだよ、言ってみろよ」
「飯盒炊爨」
「ニッチすぎるだろ……」
そこは普通、BBQだろ。
「今回の一件はOBQじゃな」
「OBQ? 何の略だそれ?」
「OBQ」
「じゃあまたなー」
ったく、毎度毎度上手いこと言いやがって。
僕は文句を垂れながら本当に歩き出していたのだが、歩くと脳が活性化されるという話を体現するように、ふと気になることが浮かんだ。
「あ、魅子」
「なんじゃ?」
「そう言えばさっき、このはちゃんは霊の力を意図的に使えないって教えてくれたけど、その力を持ってること自体、もっと言えば発動条件とかの仔細を、本人は知ってるのか?」
「知っておるじゃろうの。恐らくそういう交渉の末の契約じゃろうから」
僕は再び歩き出す。
僕が気になったのは、魅子に質問したそのことではない。
気掛かりを解き明かすための情報が欲しかったのだ。
このはちゃんは今日、最近男子高校生に迷惑している、と言っていた。
その男子高校生はきっと僕のことだろうとは思うし、僕の馴れ馴れしい態度に迷惑していたという解釈で正しいのかもしれない。
だが、こんな考え方も出来るのではないだろうか。
彼女が自身の力を認識しているのならば――
僕に被害が及ばぬよう、あえて、強い言葉で、迂遠な言い回しで、僕を遠ざけようとしていたのではないか――と。
これはさすがにこじつけがすぎるだろうか。
牽強付会もいいところかもしれない。
だって彼女は、僕の人生の半分にも満たない年数しか生きていない――いや、生きられなかった、齢五、六の少女にすぎないのだから。
そんな彼女に、死んでしまった彼女に、生きている僕は何が出来るだろうか。




