このはフロッグ 其ノ玖③
「とりあえず、このはちゃんが蛙と少女の融合体ってことは理屈上理解したとして、『あんな奇天烈な』ってのはどういう意味なんだ? あんな奇天烈って言うけど、見た目はただのかわいい少女だぜ? 奇天烈要素なんてどこにもない」
「ただの少女に『かわいい』という形容詞を付ける必要があったのかはギロチンの余地があるが、まぁ良いとして、奇天烈要素についてはさっき言うたじゃろうが」
ギロチンの余地はねーよ。
いや、僕にとっては議論の余地もないけどな。
少女にかわいいと言って何が悪い!
世の中はかわいいで回ってんだよ!
牛耳ってんだよ!
……牛耳って何かイメージ悪いな。
かわいさを阻害してるよな。
ならば、こう言おう。
言わせてもらおう。
「猫耳ってる!」
「今のは儂の空耳かの?」
「馬耳東風でお願いします」
「寝耳に水とはまさにこういうことじゃの」
どうやら声に出てしまっていたらしい。
気をつけなければ。
「……で、さっき言ったって、何を言ったんだっけ?」
「なんじゃ、貴様は猫耳ではなくて、都合の良い耳をしておるようじゃな」
上手いこと言ってんじゃねーよ。
ってか流せって言っただろ。
寝耳にぶっかけられた水で流せよ。
「仕方ないの、もう一度言ってやる。耳の穴を搔っ穿ってよく聞け。怪奇現象の犯人は、河津このはじゃ」
あ、そうだった。
聞いてはいたけど、あまりにも荒唐無稽で切り捨ててしまったので、聞いたのをすっかり忘れていた。
このはちゃんが幽霊だという話を聞いた後でも、にわかには信じ難いが、少なくとも一笑に付する話ではない。
「じゃあ仮に、仮にこのはちゃんが犯人だったとして、どんな力を使ったらあんなことが出来んだよ」
「それは、霊の力しかあるまい」
「霊の力?」
「そうじゃ。具体的には、蛙の『返る』力じゃ。駄洒落と思って侮るでないぞ、今日みたいに痛い目を見ることになる」
魅子は不敵な笑みを浮かべながら続ける。
「『返る』は字のごとく『反転』を意味する。差し詰め、昨日は上下が反転、今日は出入が反転、というところかの。さっきも言うたが、今日は痛かったの。表裏一体のものを反転させられると、手も足も出ん――いや、入れんが正しいかの」
はは、と今度は軽薄な笑み。
そう言われると、このはちゃんが犯人だという説を、僕は否定しづらい。
昨日と今日の二日とも、怪奇現象が起きる直前、僕は例の公園でこのはちゃんに会っている。
例の公園で霊に遭っている。
そこで僕は、はたと気づかされる。
いや、待て。
ここ二日だけじゃない。
二日前、このはちゃんと初めて会ったあの日、僕は家に帰ると全身の着衣が――ものの見事にパンツまで――裏返しだったじゃないか。
三日連続、三発三中。
一イニング三者三振に切って取られた監督のような気分だ。
舞った、参った、きりきり舞いだ。
もはや否定しづらいなどと、強情に私情を挟んではいられない。
少女かわいさに目を閉じてはいられない。
「……じゃあ、祓うのか?」
霊は祓うもの。
それは以前僕に取り憑いていた象の霊よろしく、蛙の霊であるこのはちゃんも例外ではない。
あるべき場所へ還る。
それが彼女にとって最善である。
そう思えば、この惜別の念も少しは和らぐだろうか。
「祓う? やつをか?」
「あぁ、だって霊なんだろ? だったら僕の時と同じように、お前が祓うんじゃないのか?」
「祓わんぞ」
「え? 祓わないの?」
「うむ、祓わん。やつが望むのならともかく、別に儂は好き好んで、嬉々として祓っておるわけではないしの。祓うにしても受動的、不承不承じゃ。まぁ、せいぜい、人に危害を加えるような霊がおった時ぐらいじゃの、儂から動くのは。それも不承不承じゃが」
「そうなのか? でも、今回で言えば、危害って言うと大仰な感じはするけど、少なくとも被害は被ってると思うんだけど、それでも祓わないのか? ってか、祓わないと僕、一生建物の中に入れないんじゃないのか?」
あっはっはっはっは――と、魅子は呵々大笑した。
「貴様の心配はもっともじゃが、それは杞憂じゃ。儂の知っとる限りじゃが、やつの力は当日限り。宵越しは出来んのじゃ。日付が変われば家の中に入れると思うぞ。まぁ安心せい。もし入れんかったなら、その時はその時で祓って解決してやるわい」
もしそうなったら複雑な気持ちになるので、出来れば効力が当日限りであって欲しいのだが。
まぁ、どう転んでも、僕が家に帰れるという保証は得られたので、一安心である。
良かったあああぁぁぁーーーーーー。
一生ホームレスにならなくて。




