このはフロッグ 其ノ玖②
このはちゃんが、幽霊……?
噓だろ?
いや、有り得ない。
だって彼女は、至って普通の少女だ。
ちょっと変わったところはあるけど、人か人外かという議論において、それは取るに足らない些事にすぎない。
僕は彼女に触れた。
実際に実体はある。
体温だってあった。
幽霊という存在が科学的に証明出来ない以上、幽霊に触れることは出来ないという説もまた、揺るぎのない真実であるとは誰も言えないけれど、それでもこのはちゃんが幽霊だというのは、僕には信じ難い。
「茫然としておるが、話を続けてもよいかの?」
「……いや、このはちゃんが幽霊だって話はさすがに信じられない」
「貴様は儂が噓をついておるとでも言うのか?」
「いや、そうは思ってないけど、そう言われると答えに窮すると言うか、立場に窮する」
「イヤイヤ期か貴様は。煮え切らん男じゃの。そんなんじゃから彼女が出来んのじゃ」
それを言われると返答に窮してしまうのだが、果たして今回の件と僕に彼女が出来ないことに関係はあるのだろうか?
彼女のいない僕が言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえないだろうが、それでも言わせてもらえれば、物事全てに白黒はっきり付けて、断定して、断言することが至上ではないと思う。
というのは、やはり弱者の言い訳だろうか。
「仕方ないだろ。僕はどっちも信じてるんだよ。お前のことも、このはちゃんのことも。でもあちらが立てばこちらが立たずで、板挟みで、ジレンマなんだよ」
「そう言うと、まるで貴様が二股をかけておるように聞こえるのが乙よの」
まぁ確かに、そういう風に聞こえなくもない。
とは言え、実際には神に誓って有り得ないシチュエーションではあるが。
「どうせなら世界を股にかけて欲しいものじゃ」
「上手いこと言ってんじゃねーよ。生憎僕はそんな一角の人間じゃない」
「そんでもって、挟まれるのはおっぱいだけで十分じゃ」
十分すぎる。
お釣りどころか余計な欲まで出てくる。
僕もそんな人生を歩んでみたいものだ。
「……僕が煮え切れないのは一旦棚上げして、とりあえず話を進めてくれ」
じゃないと話が進まない。
いつまで経っても、真相に辿り着けない。
「少しは落ち着いたようじゃの。では続きを――」
どうやら魅子は、僕が動揺していると見て小休止を入れてくれていたらしい。
抜けているようでいて、馬鹿なことばかり言うようではあるけれど、要所は抑え、締めるべきはしっかり締める手際の良さには、大人であることを感じさせられる。
こういうところからも、やはり魅子が噓をついているとは到底思えなかった。
「――と言っても、情報は既に開示しておるんじゃがの。――要は、河津このはという存在は、蛙の霊じゃと言うことじゃ」
「蛙の霊? 体はまさしく人間のそれなのに?」
「ここからは推測になるがの」
と、魅子は前置きする。
それは単に、後述することが仮に真実ではなかったとしても自分に責任はないという消極的な、予防線を引くことが目的ではなく、直接その現場、その瞬間を自分の目で見たわけではない――直接証拠がないため、確実性に欠けるという釘差しの意味で言っていることは、前回の経験からも分かる。
俗な言い方をすれば、『信じるか信じないかは、あなた次第』ということだ。
「交通事故――少女が車に轢かれたとする。少女は車に突き飛ばされ、全身を地面に強打し、瀕死の状態になる。脳死ということもあるかもしれん。じゃが、車に轢かれたのは少女だけではなかった。路面を跳ねていた蛙もまた、その交通事故の被害に遭った。体格差――は正しくないの、サイズ差と言うべきか。とにかく、車と蛙では比べるまでもない歴然の差があるのじゃから、言うまでもなく蛙は即死じゃろうな。そして蛙は霊となった。
霊となった蛙は、運良く、都合良く、その場にまだ息のある人間を見つける。そこで蛙は、死の淵を彷徨う少女の魂に声を掛けた。『その体、使わせてくれないか?』――と。それから二者の間で議論がなされ、交渉が成立し、契りが交わされ、そして蛙と少女の融合体――今の河津このはが出来上がった」
「蛙と少女の融合体……」
どうしても僕の頭では生身同士が融合するイメージになってしまって、何ともグロテスクな、とても映像化出来そうにない絵面になってしまうのだけれど、実際には概念上の話なので、そんなことはないのだろう。
「交通事故というのは、貴様が分かりやすいように挙げたキッカケの一例じゃし、蛙と少女の交渉の件に関して言えば、推測どころか想像でしかない。パターンは枚挙に暇がないんじゃ。じゃが、蛙の霊魂と少女の霊魂が干渉して、感傷して、投合して、混合して、融合したことは疑いようのない事実じゃ。さもなくば、あんな奇天烈な存在など生まれまい?」
「……ちょっと待ってくれ」
「なんじゃ? トイレか?」
「違う」
しかし今回、ウンチだのトイレだの、便の話ばっかだな。
少しは便えないと――失礼、弁えないと。




