このはフロッグ 其ノ捌③
これもダメか、と思いながら僕は振り向いた。
「どうだった?」
「はぁ? またそれ? どうもこうもないって。中に入った途端、あたしの手を振りほどいて外に行ったじゃん」
「ふむ」
やはり他者視点だと、見事なまでに辻褄を合わされているらしい。
これだと、どんなに変則的な入り方をしても面白いくらいに帳尻を合わされそうだ。
それはそれでちょっと試してみたい気もするが。
例えば逆立ちしながら室内に入って反転したら、僕はどういう状態なんだろう。
今まで僕の姿勢(立位)が反転することはなかったことを考えると、逆立ちのまま反転しそうではあるが、それだと反転した瞬間にバランスを崩して倒れそうだよな。
まぁ僕、補助なしでは逆立ち出来ないから、この想像に意味はないんだけど。
「いや、踏みたいのはこっちだから。お兄ちゃんは踏まれる側だから」
「美女に踏まれるのは本望だけど、妹に踏まれるのはちょっと……」
「キモっ。引くわー、普通に引くわー、ドン引きだわー。そのまま家に入ってこないで欲しいんですけど」
あ、あの、それちょっと刺さるんですけど。
タイムリーすぎて涙が出てきそうなんですけど。
お願いされなくても、入れないんですけど!
このまま兄妹仲良く漫才をしていたい気持ちは山々なんだが、ここにいても家に入れないし、解決の糸口すら見つからない。
そろそろ神社跡に向かうとするか。
「有明に言われたからって訳じゃないんだけど、僕、今日は友達の家に泊まるから、そろそろ行ってくるよ」
「お泊まり? お兄ちゃんが? あのお兄ちゃんが?」
「なんだよ。何かおかしいことでもあるのか?」
「おかしいどころの話じゃないよ。おろかしいよ」
「なんで僕が愚かしくなってんだよ。高校生が友達の家でパジャマパーティーするくらい普通だろ」
「普通の高校生ならね。でもお兄ちゃんは普通の高校生じゃない。高校に入ってから一度も友達と遊んだことのない異常な高校生だよ。そんなお兄ちゃんが友達の家に泊まるなんて、有り得ないよ。大噓だよ。噓をつくならもっとマシな噓をつきなよ、愚か者」
刺さるー。
刺さりまくるー。
これぞまさに針の筵だ。
むしろ針地獄か?
愚かしいっていうのも間違ってなかったなー。
ぐうの音も出ない。
でも見抜かれると思ってはいたんだよ。
有明の言う通り、僕は高校に入って友達がいなくなったから、遊びに行くことなんてなかったし。
それがいきなりお泊まりだなんて、有り得ないもんな。
ただ、今この状況で家に入ることなく再び出掛ける口実なんて、僕の頭ではこれぐらいしか思いつかなかったんだよ。
「やだなー、有明ちゃん。僕だって、友達の一人や二人いるさ。今まではたまたま、偶然都合が合わなかっただけなんだ。すれ違い続けた僕たちだったけど、ついに今夜、念願叶って共に夜を過ごすことが出来る。この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないんだ。どうか僕を止めないでくれ」
というわけで、僕は迫真の演技で噓を重ねた。
噓も方便ってやつだ。
またウンチかよ。
「誰も止めないから」
「じゃあ、行ってくる」
僕は有明に手を上げて、身を翻した。
「いや、待って待って」
「どうした有明ちゃん。さっきは冷たい声で止めないって言ってたのに、あれは強がりだったのかな? 本当は寂しいのかな? 仕方ない妹だなー。大丈夫だよ、お兄ちゃんすぐ帰ってくるから」
「三分間待ってやる。その間に、どの部位から切り落とされたいか考えろ」
出たーーーーー!
ムスカ大佐!
しかもそれ、実際は一分も待ってくれないやつ!
三分待つって言ったんだから、三分ぐらい待てよ。
そんなせっかちじゃ、カップラーメンが常にバリカタだよ。
冷凍食品が一部凍ったままだよ。
「……調子乗ってすみませんでした。で、何か御用でしょうか? 大佐」
「お兄ちゃん今、学校のカバンしか持ってないけど、着替えは?」
おぉ、着替えね。
お泊まりなんて久々だから(まだ久々が続くんだけど)、そんな考えには全く至らなかったな。
「友達が貸してくれるから大丈夫だ」
「そうなの? それならいいけど、でも下着は? 下着まで借りるのはちょっと、どうかと思うんだけど」
「あー、それもそうだな。うっかりしてた。じゃぁ悪いけど取ってきてくれないか?」
「嫌だよ、汚い。自分で取ってくればいいじゃん」
汚い言うな。
洗濯してんだから家族のパンツは等しく清潔だろうが。
「じゃあお前のでいいから取ってきてくれ」
「死ね」
バタンッ――と猛烈な勢いでドアを閉められた。
閉め出された。
いやまぁ、元から入れないんだけれども。
有明はあぁやって僕を邪険に突き放したけれど、本当は優しい妹なので、なんやかんや言いながら僕のパンツを持ってきてくれるかもしれない。
僕は玄関で待った。
三分どころか十分は待った。
ムスカ大佐もせめてこれぐらいの気概は見せて欲しいところだ。
だが、有明が再びドアを開けることはなかった。
紆余曲折あった(は言いすぎかもしれない)けれど、これで神社跡に行ける。
蓋を開けてみれば、結果オーライか。
一抹の名残惜しさを感じながら、僕は家を後にした。




