このはフロッグ 其ノ捌②
「次は、僕の手を掴んで一緒に家に入ってくれ」
「えぇーーーー? 何でお兄ちゃんと手ぇ繋がないといけないの? まだ彼氏とも繋いでないのに」
「ちょっとちょっと、有明さん? 今、何と仰いました?」
「お兄ちゃんと手を繋ぐなんて最悪」
「そんな直截的な言い方じゃなかったと思うけど、まぁそれは置いといて。その後だよ、その後」
「その後? まだ彼氏と手を繋いでない」
「彼氏! お前に彼氏! 噓だろ、おい、噓だと言ってくれ。お兄ちゃん泣いちゃうぞ? お兄ちゃんよりも先に恋人作るなんて、お兄ちゃん泣いちゃうぞ?」
「そんなの知らないよ。あたしだって乙女なんだから、恋の一つや二つくらいするよ。でもお兄ちゃんが何を勘違いしたのか知らないけど、あたし、彼氏なんていないよ?」
「え、いないの?」
「うん、いないの」
いないのかよ。
まるでいるような言い方だったじゃねーか。
ったく、ヒヤヒヤさせやがって。
「いいか、もしそういう相手が出来た時は、付き合う前に僕に報告しろよ。そして二人で挨拶に来いよ。僕が認めた相手以外との交際は認めないからな」
「え? 何でお兄ちゃんの許可が必要なの?」
妹に変な虫が付かないようにするために決まってるじゃないか。
そんなこと、兄として当然だろ?
「さて、話を戻そう。有明、僕の手を取ってくれ」
「ちょっと、話を勝手に戻さないでよ。それに戻すって言いながら、微妙に戻ってないんですけど。尾を引いてるんですけど。捉え方によっては、彼氏よりもお兄ちゃんを選んでくれって言われてるように聞こえるんですけど。そんなの絶対有り得ないからね」
そりゃないでしょうね。
僕もあるだなんて思ってなかったよ。
だけど何だろう、この気持ち。
娘が嫁いでいく時の父親って、こういう気持ちなんだろうか。
「お兄ちゃんと手なんて繋がないから。汚い」
「お兄ちゃんに向かってなんてこと言ってんだ。僕の手は汚くねーよ、ほら」
僕は手のひらを上に向けて、有明に見せるように前に出す。
「いや、不潔って意味じゃなくて――いや、なくはないけど、あたしが言ったのは不浄のほう。分かりやすく言えば、犯罪の匂いがする」
「何言ってんだよ。僕が犯罪なんてするわけないだろ。僕にそんな度胸はない。あるのは、豆腐のようなやわやわメンタルと、肉眼では見れないほど小さな蚤の心臓だ」
「もっと言えば、少女の匂いがする」
ドキリ。
ヒヤリ。
いやいや、まぁ確かに少女には会ったけれども。
幼気な体を組み伏せたけれども。
パーカーを脱がせて平らかな胸に触れたけれども。
こうして事実だけを挙げると犯罪臭しかしないけれども。
前にも似たようなことを言った気がするけれど、これは事件ではなく事故なんだ。
僕にやましい気持ちがあってのことではないんだ。
警察だって見過ごしたんだから、問題ないはずだ。
しかし、何なんだ僕の妹。
なぜ僕が少女に会っていたと分かる?
あまつさえ、如何わしい状況になっていたとなぜ分かる?
何だよ、少女の匂いって。
どんな嗅覚してんだよ。
怖すぎだろ。
「……何だよそのいかにも香しい匂いは。犬じゃないんだから、お前に嗅ぎ分けられる訳がないだろう。全く、冗談がキツいな有明ちゃんは。冗談はこのくらいにして、早く始めよう」
「香しいとか言ってる時点でアウトでしょ」
「ちなみに、僕は繋げとは言ってないからな。繋ぐのが嫌なら、手首でも掴めばいいだろ。掴まないと、ゲッツは掴めないぞ」
「まぁ洗えばいいんだし、いっか」
おい待て、ちょっと待て。
本気で言ってんのか?
本気なのか?
本気だったら、お兄ちゃんこそ本気で泣いちゃうよ?
かなり辛辣な発言をした有明だったけれど、その割には汚いものに触れるような手つきということは一切なく、至って普通に僕の手首を掴んだ。
「よし、じゃあそのまま家に入ってくれ」
「あたしが先に入ってもいいの?」
別にどっちも変わらない気はするが、連れられて入る方が中にいる人に引っ張られる感じになるので、僕が後に入る方に試す価値がありそうだ。
「うん、そのまま入って」
「んにゃ」
有明が中に入り、僕の手を掴んだまま奥へと進む。
続けざまに僕の体が中へ入り、足が土間に着地して――。
パッ――と。
またしても僕の視界は、明から暗へ瞬時に切り替わった。




